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新しいアウェイ遠征と地域コミュニティ化。FC東京サポーターの「蝗活」が映した、長崎スタジアムシティの価値

2026.09.04

0-3で敗れた夜、長崎を訪れたFC東京サポーターがSNSで称えたのは、勝利ではなく食と宿と街だった。試合のためだけに人を集めるのではなく、日常の中にスタジアムを組み込む。長崎スタジアムシティが生み出した「アウェイ遠征」の新しい体験は、街に何をもたらすのか。FC東京戦で起きた「蝗活」は、長崎が描くホームの未来を浮かび上がらせた。

敗れた夜に、街が称えられた日

 8月29日、明治安田J1リーグ第4節。V・ファーレン長崎はホームにFC東京を迎え、0-3で敗れた。前半38分にセットプレーから長倉幹樹に先制を許し、前半終了間際に本間至恩、55分にはマルセロ・ヒアンに沈められた。気温29度、湿度81%。蒸し暑い夜に集まった観衆は19,896人。ホームの側から見れば、語るべきことの少ない90分だったと言っていい。

 ところが週が明けても、SNSのタイムラインは長崎に関する話題で埋まり続けた。

 しかもその大半は、勝敗ではなく、食べ物と宿と街の話である。発信していたのは、長崎のサポーターではない。勝った側のFC東京サポーターだった。彼らはアウェイ遠征先で土地の名物を食べ尽くす行為を「蝗活(いなかつ)」と呼ぶ。金曜から入り、日曜も月曜も居残り、島原や対馬まで足を延ばした者までいる。地元のテレビ局がその様子を放送し、これまで訪れたどのスタジアムよりも満足度が高かった、というFC東京サポーターの声を拾っていた。

 勝ったチームのサポーターが、スコアについて誇るのではなく、アウェイの街を称えて帰っていく。長崎にとってこれは、悔しさと誇りが同時に押し寄せる、きわめて奇妙な週末だったのである。

「徒歩0分」で完結するアウェイ遠征

 FC東京にとって、長崎でのアウェイゲームは2018年以来、8年ぶりだった。この時は、FC東京がディエゴ・オリヴェイラのハットトリックを含む5得点で、長崎を下している。当時の舞台は、諫早市のトランスコスモススタジアム長崎。当時からFC東京サポーターの「蝗活」は盛んで、前回もそれなりに盛り上がったのだが、試合当日が日曜日だったことやスタジアムのアクセスも関係したのか、空港から直行し、試合が終われば帰る人も多かったという。

 だが、今回は違った。会場は、JR長崎駅から徒歩10分、三菱重工の工場跡地7.5ヘクタールに、ジャパネットホールディングスが約1000億円を投じて整備した長崎スタジアムシティである。その核となるピーススタジアムは約2万席の球技専用。ピッチと客席の距離は全方向で最短約5メートルと国内で最も近く、全面屋根付きのため声もよく響く。

 バックスタンド側は14階建てのスタジアムシティホテル長崎と一体化しており、243室のうち約7割の客室からピッチを見下ろせる。プールやサウナからも試合が見え、日本初のスタジアムビューホテルという触れ込みは、決して誇張ではない。

 スタジアムの中には、国内で初めて醸造所を併設したクラフトビール店「THE STADIUM BREWS NAGASAKI」。その場で造られたヴィ・ビールを味わいながら、角煮まんじゅう、ちゃんぽん、トルコライス、海鮮丼を片手にスタジアムを見下ろせるのだ。

 商業棟「STADIUM CITY SOUTH」には約90店舗が並び、6〜7階には温泉とサウナ「ONSEN & SAUNA YUKULU」、屋上には港を望む足湯がある。空を見れば、ピッチ上空をおよそ30秒で滑り降りるジップラインがあり、隣にはB1長崎ヴェルカが本拠とする6000席のハピネスアリーナが建つ。

 「蝗活」にはうってつけの場である。

 中でも、今回の遠征で象徴的だったのは、施設内のスーパーマーケットが話題を集めたことだ。

……

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Profile

藤原 裕久

カテゴリーや年代を問わず、長崎県のサッカーを中心に取材、執筆し、各専門誌へ寄稿中。特に地元クラブのV・ファーレン長崎については、発足時から現在に至るまで全てのシーズンを知る唯一のライターとして、2012年にはJ2昇格記念誌を発行し、2015年にはクラブ創設10周年メモリアルOB戦の企画を務めた。

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