北中米W杯GS3戦連発&16強入りPK、そして遅刻も違和感なし?オランダがモロッコの“偽9番”イスマエル・サイバリに託した得点力の正体
【特集】北中米W杯深掘り分析スペシャルレビュー#5
4年に1度のW杯は、後世に語り継がれる名勝負の宝庫だ。しかし高度化した現代サッカーの裏側には、徹底した分析と綿密なシミュレーションに基づく極限の戦術的駆け引きが存在する。footballista編集部が選んだ識者たちが、注目国同士による「本気の闘い」を深掘りレビュー。あの90分で何が起きていたのか。勝敗を分けた戦術の妙に迫る。
第6回は自身のPKで16強入りを決めるなど、ラウンド32のオランダ対モロッコで新たな1ページを刻んだイスマエル・サイバリの物語をお届け。「チャンスを外す男」のレッテルも貼られた遅刻魔はいかにして、PSVではエールディビジ年間最優秀選手、モロッコ代表ではグループステージ3戦3発と輝き、バイエルン移籍も発表される時の人となったのか?
北中米W杯決勝ラウンド1回戦、オランダ対モロッコの激闘は延長戦でも1-1のまま決着がつかず、PK戦で雌雄を決することになった。モロッコが2人、オランダが3人外して訪れたマッチポイント。ペナルティスポットに立ったイスマエル・サイバリは何やら一言二言つぶやくと、無心にPKをゴール右隅に蹴り込んだ。この瞬間、モロッコがベスト16進出を決めた。試合が終わるとオランダの公共放送局『NOS』のフラッシュインタビューに応えた。
「蹴るコースは最初から決めていました。昨日もPKの練習をしていたので、自分がどうすべきかわかっていました。あとは、キーパーがたとえコースを読んだとしても届かないくらい、できるだけ隅を狙うだけでした。幸いなことに、彼は逆のサイドに飛んでくれましたね」
グループステージでは3試合連続ゴールを決め、オランダ戦では5人目のキッカーとして最後のPKを蹴ったサイバリは今大会、“偽9番”として手のつけられない存在だ。中盤に降りてビルドアップに関わったと思いきや、左サイドに流れて攻撃の起点を作り、スプリントでゴール前に姿を現し、とどめを刺す。中でもブラヒム・ディアスとのホットラインは強烈。ブラジル戦ではこのコンビの連携から大会屈指の美しいゴールを決めた。
本職はMF。それでも、オランダリーグを追う者にとって、サイバリの“偽9番”には違和感がまったくない。
昨年秋のこと。ストライカー陣が軒並み負傷に見舞われたPSVのペーター・ボス監督はフース・ティル(オランダ代表)とサイバリという2人のMFを2トップに置く大胆な策を採った。2人のポジショニングは、どちらかが前に飛び出すと、どちらかが下がるというもの。この変則2トップによってサイバリの得点力が一気に開花。CLのレバークーゼン戦、ナポリ戦、バイエルン・ミュンヘン戦でそれぞれ1ゴール、エールディビジではフェイエノールト戦でハットトリック、フォルトゥナ・シッタート戦で2ゴールを挙げた。
こうしてMF、“偽9番”、左ウイングをこなせる多機能性アタッカーに成長したサイバリは2025-26シーズン、15ゴール8アシストという文句なしのスタッツを残し、PSVのエールディビジ3連覇に貢献。そのシーズンのリーグ最優秀選手に選ばれた自信を漲らせてW杯を戦っている。そしてオランダを破った直後、バイエルンへの移籍が発表された。
U-19ヘンク時代の同僚の祖父にも見抜かれPSVへ
モロッコからの移民として両親が働いていたスペインで生まれ、その後、引越し先のベルギーで育ったサイバリには3つの国籍がある。しかし7歳でアントワープに移り住んだ彼に、思い入れのないスペイン代表の選択肢はなかった。
「自分はアントワープ市民であり、ベルギー人だと思うが、やはり一番はモロッコ人。ロベルト・マルティネス元ベルギー代表監督が熱心にサッカー籍をスイッチするように説得してくれましたが、僕は自分の心に従い、マルティネス監督も理解してくれました」
幼少時代はアントワープのベールスホットでイリアス・セバウイ(現STVV)、トーマス・ファン・デン・カイブス(現ウェステルロー)、そして1つ年下のジェレミー・ドク(現マンチェスター・シティ、ベルギー代表)とともに幸せな時期を過ごしたが、クラブが破産したことで名門アンデルレヒトの門を叩く。
「アンデルレヒトで2年間プレーしましたが、リーグ開幕のちょうど前日に太り過ぎを理由に『出て行ってもいい』と言われたんです。僕を拾ってくれたメヘレンで2年間過ごした後、ヘンク(U19チーム)が引き抜いてくれました。ただ、ヘンクのトップチームの監督は僕のことに目もくれませんでした。もし当時からヨング・ヘンク(リザーブチーム)があったら、僕はヘンクに残っていたでしょう」
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Profile
中田 徹
メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。
