「審判陰謀論」はなぜ生まれ、広がるのか?伊沢拓司が異質なW杯、“クイズとやらせ”問題から探る撲滅へのヒント
the SPURs for the Spurt 〜N17から眺めるプレミアリーグ〜 #13
熾烈な上位争い、世界中から集まる有望株、終わることのないマネーゲーム……欧州サッカーの中心となったプレミアリーグが、なぜここまでの地位を手に入れたのか、そして今後どうなっていくのか。“クイズ王”としておなじみの伊沢拓司が、敏腕経営者ダニエル・レヴィが築き上げた(2025年9月4日に退任)トッテナム・ホットスパーを通して、その活況の要因と未来の展望を綴っていく好評連載。
第13回は、プレミアリーグでは頻回に目にする「陰謀論的な審判批判」について、それがほとんど見られない北中米W杯を楽しみながら考えてみた。
スウェーデン戦のジャッジで驚いた「批判の内容」
プレミアリーグのチームを応援しているからといって、他のリーグのチームも、選手も、見ないわけではない。欧州での戦いもクラブにはあるし、普段契約している配信サービスで代表の試合もやっているし、結局のところはフットボールが好きだから見てしまう。スパーズの試合ほどの熱量ではないにせよ、いろいろな試合を見ることはそれだけでも楽しいものだ。
その上で、W杯というのはやはり異質なものだなと感じる。フットボールに浴した我がタイムラインにも、普段見慣れない人があれやこれやと語り合う様子を度々見かけ、テレビをつければやはりフットボールの話題ばかり。理想郷の顕現とも言えるこの状況、やはり祭りには乗っかっていくしかない。
そんな理想郷の中に、見慣れた景色が突如現れて現実に引き戻されたのが、先日行われた日本対スウェーデン戦だ。これまではお祭りムードで選手にフォーカスした話題が多かった中、突如として審判についてのあれやこれやが噴出したのである。
担当したのはイバン・バートン氏。私自身も観戦中にいくつかの判定が気になり、事実そのジャッジの不安定さは物議を醸した。中村敬斗のソックスに対しての変更指示なども含め一貫性を欠いたジャッジが行われ、お世辞にも「試合をコントロールする」ことはできていなかったのだが……そんなことはよくあることだ。フットボールにつきものの出来事であろう。
むしろ私が驚いたのは、「批判の内容」の違いである。
「陰謀論的な審判批判」が、ほとんど見られなかったのだ。
普段からプレミアリーグを見ていると、陰謀論的言説はその質を問わず頻回に目にするものであろう。ソーシャルメディアにおいて、PGMOL(Professional Game Match Officials Limited=プロ審判協会)がリーグの行方を差配したかのような批判や、リーグが特定のチームを意図的に利しているという見方が蔓延って久しい。
しかし、今回はそのような見方はほとんどなかったと言って良いだろう。後から検索してみると、日本国内でフォロワー数の多いアカウントがそのような発言をしているケースはいくつかあったが、いずれもフットボールについて普段から触れているようなアカウントではなかったし、一応AIに任せて海外の発言事例を調べてみたらほとんどヒットしなかった。単に「審判の無能さ」にその原因が帰されていたのである。バートン氏が前回大会の日本対ドイツ戦を吹いていたという事実も、陰謀論的な火種に冷や水を浴びせる結果になったのであろう。
これ自体はたった一試合で起こった些細な事実だが、示唆的であることには間違いない。
フットボール、特に審判団やリーグ運営にまつわる陰謀論的言説はソーシャルメディアを常に賑わせている。その背景にある感情が悪ふざけなのか、怒りのやり場なのか、はたまた至極真剣な異議であるのかを窺い知ることは難しいが、その有害性は推して知るべしである。すでに大きな問題となっている審判への個人的誹謗中傷とは切り分けて考えるべきであろうが、陰謀論の膨らみは突如として大きなインシデントへとつながる恐れがあるのだ。アメリカにあっては政治上の陰謀論に起因して他者を加害するような大事件が複数起こっており、そうなると一時的感情を刺激するこのスポーツが事件の引き金になる可能性は十分にある……という私の感想もあながち大袈裟ではないだろう。何らかの対策が、あってしかるべしだ。
フットボールを取り巻くファクトなき言説、とりわけ「審判にまつわる陰謀論」がどのようにして巻き起こり、広がっていくのか。そして、どうすれば防げるのか。その答えに向けたヒントが、W杯という特殊な大会にあるのかもしれない、私はそう思った。SNSの過剰な影響力が不可逆的に膨張する現代、プレミアリーグとの比較が可能なこのタイミングで、一度考えてみたい。
残念ながら“アーセナル有利”とみなすことはできない
まず、大前提として、プレミアリーグにおいて審判やリーグ運営を取り巻く陰謀論を裏付けるようなファクトは、今のところ出てきていない。もちろん、ビッグクラブの政治力によって決定したルールや判断はあるだろうが、それは過程が公開された純然たる政治力によるものである。それはそれで問題かもしれないが、今回の話題からは外しておこう。ズルい、というよりは、やるせない事案だ。
よく話題に上がる「PGMOLが特定チームを利した」というような批判は、データでもってして否定されうるものだ。私はスパーズを応援しているがゆえに「PGMOLはアーセナルに有利な判定をし続ける組織だ」というような発言を見ることが少なからずあるが、大手ベッティングサイトなどが出しているレポートを複数読む限り、アーセナルも時にVARによる不遇を被っている。いっそ不正があってくれたほうが気持ちの持って行き場があるのだが、残念ながらそういうことはなさそうである。
また、一つの論点としてここ数年目にするのが「セットプレー時にキーパー前で意図的密集を巻き起こす行為に対してファウルが与えられない状況が続いており、これはアーセナルを利するものだ」という批判である。私自身、憤懣やる方ない思いを何度もしているが、複数のフットボールメディアがこの行為を「ルールのグレーゾーンをうまく突いたプレーだ」と断じている。今後、ルールの適用が変わっていく可能性もあるだろうし、現時点ではファウルを取りづらい行為なのだから「そこに陰謀がある」とみなすことはできないだろう。まったく残念だ。
無論、アーセナルを例に出しているが、こうした「癒着」ナラティブの矛先は他のチームにも及んでいる。マンチェスター・シティは現在審議中の様々な疑惑に絡む形で大小様々なことがリーグ運営と結びつけられるし、「我々だけが不当に扱われている」という言説ならばどんなチームにも認められる普遍的陰謀論であるだろう。
そしてそんなことは、ほとんどのフットボールファンはわかっていることかもしれない。わかった上で、エンタメとして「陰謀論」を消費しているのかもしれない。私は、そうした小さな慰めが積もり積もった結果として目に見えぬ巨大な悪魔と化す未来を悲観的に憂えているのだが、各個人がフットボールファンダムの行く末に責任を負う義務はない。私の言っていることは無粋でもあろう。しかし、これは必要な無粋だ。一度「陰謀は本当はない」とした上でこそ、「存在しないはずの陰謀を語る陰謀論が人気なのはなぜか」という議論が成り立つのだから。
クイズにまつわる「出題者のジャッジ性/ディーラー性」
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Profile
伊沢 拓司
私立開成中学校・高等学校、東京大学経済学部卒業。中学時代より開成学園クイズ研究部に所属し開成高校時代には、全国高等学校クイズ選手権史上初の個人2連覇を達成。2016年に、「楽しいから始まる学び」をコンセプトに立ち上げたWebメディア『QuizKnock』で編集長を務め、登録者数200万人を超える同YouTubeチャンネルの企画・出演を行う。2019年には株式会社QuizKnockを設立しCEOに就任。クイズプレーヤーとしてテレビ出演や講演会など多方面で活動中。ワタナベエンターテインメント所属。
