【バルディ分析】未完成の“レッドブル化”――ガウル広島に見るトランジション偏重の代償
レナート・バルディのJクラブ徹底解析#15
サンフレッチェ広島(前編)
『モダンサッカーの教科書』シリーズの共著者としてfootballistaの読者にはおなじみのレナート・バルディ。ボローニャ、ミランなどセリエAクラブとイタリア代表のアナリスト兼コーチを歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)ではアナリスト講座の講師を任されている。現在はクラブ・イタリアのマッチアナリストを務める「分析のプロ」の目で、Jリーグ注目クラブの戦術フレームワークを徹底的に解析してもらおう。
第15&16回は、38歳のドイツ人監督バルトシュ・ガウル率いるサンフレッチェ広島を取り上げる。新体制で導入された“レッドブル化”は、Jリーグという文脈の中でどのように機能しているのか。攻撃指標では上位に食い込みながらも勝ち点に結びつかない理由を、データと試合分析の両面から読み解く(本文中の数字は4月3日の取材時点)。
多産だが非効率。データが雄弁に語る矛盾
――今回は、過去4シーズン監督を務めたミヒャエル・スキッベがヴィッセル神戸に去ったのを受け、同じドイツ人のバルトシュ・ガウルを後任に迎えたサンフレッチェ広島を取り上げました。38歳と若く、しかもRBライプツィヒで育成ダイレクターを務めるなど、明確なサッカー哲学とスタイルを打ち出している指揮官が、Jリーグという新しい現実にどのように向き合っているのかは、興味を惹かれるところです。
百年構想リーグでは、開幕3連勝(90分で2勝1分)と滑り出しは上々だったものの、そこからの6試合は1勝5敗、しかも直近は4連敗と困難に陥っています。レナートには、3月18日の名古屋戦、22日の清水戦、26日の神戸戦と、ミッドウィーク開催も含めた3連戦を分析してもらいました。
「内容的には悪くない試合もありましたし、目指している方向性、戦術コンセプトは明確です。ただディテールの詰めはまだまだ甘く、取り組むべき課題、改善すべき点がたくさんあるという印象でした。まずはチームとしてのプロフィールを把握するために、データから見ていきましょう。
最初に目を引くのは、たくさんの種を蒔いているにもかかわらず十分な収穫が得られていないところです。攻撃のアクション数、枠内シュート数、クロス、アシスト、デュエル数などのランキングでは、リーグ全体のトップ3に入っています。しかしその一方では、ボール保持1回あたりの継続時間では14位、失点も6番目に多い。そして実際に試合を見てみると、これらのデータがこのチームを正確に映し出していることがわかります。
ガウル監督は、明確なドイツサッカーのバックグラウンドを持っています。シャルケとマインツのアカデミーで経験を積み、ポーランドの中堅クラブを経てライプツィヒのアカデミー責任者へというキャリアは、広島のピッチ上にも認識可能な形で反映されている。攻守両局面とも非常にアグレッシブで強度が高く、ボールを持つと縦志向が強い。彼に関するいくつかの記事にも目を通しましたが、科学的な方法論にも注意を払う新世代のドイツ人監督の1人と見られていました。
おそらく広島は、今のJリーグで支配的な、ポゼッション志向が強く、パスが多く、強度が低く、アグレッシブであるよりはテクニカルなサッカー、つまりこれまで私たちが見てきたチームに多いスタイルに対して、何か違うもの、新しいものを持ち込みたいと考えたのだと思います。そうした方向性はピッチ上に明らかに表れています。ただ、まだ今の段階では完成度が低い。開幕当初はおそらくサプライズ効果もあったのでしょうが、ここ数試合はその完成度の低さの方が前面に出てきている格好です」
[3-4-1-2]の継承と変質。構造は同じ、振る舞いは別物
――システムは前任者の3バックを継承しているようですね。
「はい。3バックとフラットな4人の中盤が土台で、前3人は2+1が基本ですが1+2の場合もある。とても縦に速くダイレクトで強度の高いチームだ、という表現も当てはまりますが、現時点ではむしろ、少し雑でせわしなく、拙速で落ち着きと冷静さに欠けるという側面の方が目立っています。特に敵陣と自陣のゴール前でそれが顕著です。
チームとしての全体的な振る舞いには明確な原則があります。監督から伝えられたアイデンティティは明確です。ただおそらくこのチームが前監督時代から持ち続けているアイデンティティとの間には、まだ距離が残っている。いくつかの状況における読みや判断が固まっておらず、そのためにある種のプレーが効果的になり切っていない、という印象です」
――まずメンバーを含めたチームの概要を見ておきましょう。
「システムはすでに見たように[3-4-1-2]または[3-4-2-1]です。GKの大迫は清水戦では大きなミスを犯しましたが、それを除けばパフォーマンスは安定しており、大きな弱点は見当たりませんでした。日本代表に選ばれているのを見ても、国内では屈指のGKなのだろうと思います。
3バックの最終ラインで中心をなすのは荒木と佐々木です。通常は荒木が中央に入り、佐々木は3人目が誰かによって左右どちらかに入る形だと思います。佐々木にはあまり日本人らしくない、ヨーロッパのDFのような個性を感じます。自信を表に出してプレーする健全なプライド、相手とやり合ったり見下したような笑みを浮かべたりするような、いい意味での傲慢さがある。大柄ではありませんが上半身は筋肉質だし、金髪だし。36歳のベテランで、10年以上このチームの中核を務めてきたことも含めて、技術・戦術的にはもちろん、チームに対する影響力、振る舞いという点でもリーダーであることがわかります。3人目のCBは、私が見た3試合では塩谷が右に入っていました。
中盤センターは川辺と松本のペアが基本だと思われます。川辺は、清水戦ではトップ下に上がっていましたが、本来は2ボランチの一角でレジスタ的な機能を担うタイプに見えます。戦術眼に優れパスの精度も高い。松本は走力と縦のダイナミズムに優れたタイプですが、ビルドアップに貢献できるテクニックも備えています。ウイングバックは右が絶対的存在の中野、左は新井がレギュラーでしょう。前線はCFが木下かジャーメイン、トップ下は10番の鈴木に加え、中村か時には川辺が上がって2シャドーを形成する構成です。基本的には川辺以外の4人から3人がスタメンを回している形ですね」
――その中で特に興味深かった選手を挙げるとしたら?
「右WBの中野、ボランチの川辺、トップ下の鈴木章斗の3人です。中野はその走力を活かして積極的に攻め上がるだけでなく、ファイナルサードでも強引な縦の突破、狭いところで切り返して中に入っていくプレー、ワンツーでの裏抜けやクロスなどで、目に見える貢献を果たしていました。川辺は、安定したテクニックとパスワークに加えて、攻守両局面でバランスを取る戦術眼にも長けています。ただ、このチームのボランチに要求される、縦に長くピッチをカバーする走力には、やや物足りないところがあります。鈴木はおそらくチームで最も優れたタレントです。2003年生まれの22歳で、まだまだ伸びしろを残しています」
――チームの全体的な振る舞いは、ドイツ的、レッドブル的な攻守両局面でアグレッシブに前に出る、ダイレクトでトランジション志向の強いスタイルだと言っていいですね。
「はい。方向性は明確です。クリーンに試合を構築するよりも、むしろそれをかき回して壊すことでそこにチャンスを見出すタイプのチームです。これはリーグの中に新しい傾向が出てくる時に起こることでもありますが、最初はそうした振る舞いだけで相手を驚かせることができる。しかしその後相手に対策されると、チームとして未完成の部分が逆に表に出てくることになる。開幕からの推移を見ても、その両極端が出ているように思えます。序盤の試合では長所に見えた部分が、今は短所になっている」
――つまり対戦する側の適応が進んできた。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
