「ミスをしない子供」ばかりが育つ国――アタランタ育成責任者が語るイタリア停滞の構造(後編)
【特集】イタリア代表はなぜ、弱くなったのか?#5
W杯4度の優勝を誇るイタリアが、2大会連続で出場できず、北中米W杯予選でも再びプレーオフに回ることになった。だが、より深刻なのは結果そのものではない。バッジョ、トッティ、デル・ピエーロといった天才を輩出してきた「タレント大国」から、世界を驚かせる選手がほとんど生まれなくなっているという事実だ。少子化、外国人枠、若手の出場機会減――説明は出尽くした。しかし、どれも決定打にはなっていない。本特集では、成功している国ではなく、失敗している国の内側にこそ学ぶべきものがあるという視点から、イタリアサッカーが直面している問題点を検証する。
第4、5回は育成の最前線から構造を見つめる証言である。アタランタ育成責任者ロベルト・サマデンは、現在のイタリアの育成年代をこう断じる。「子供たちは死んだサッカーの中で育っている」と。ポゼッション偏重、結果至上主義、早熟な選手への傾斜……そこでは“ミスをしない子供”が評価され、“リスクを取る子供”が消えていく。なぜイタリアからストライカーとディフェンダーが育たなくなったのか。なぜA代表は細り続けるのか。その答えはピッチの外と、トレーニングの中にある。
「幸福な島」はなぜ生まれたのか
――アタランタは、イタリアの中で育成部門が最も大きな成功を収めているクラブだと思います。前編で見たイタリアサッカーの困難な状況の中で、数少ない「幸福な島」だと言えるでしょう。ここからは、その秘密がどこにあるのかについて掘り下げていければと思います。
「アタランタというクラブは、その歴史の中で常に育成部門に大きな注意を払ってきました。さらに現在は、ペルカッシ家というオーナーの下でその姿勢が一層強まっています。アントニオ会長、ルカCEOはいずれもアタランタの育成部門で育ち、プロ選手としてプレーした経験の持ち主です。このクラブの幸運は、その歴史に加えて、サッカー選手として成長するとはどういうことかを、身をもって知っているオーナーがいることにあります。
会長は、今日の自分が起業家としてあるのは、アタランタという『人生の学校』のおかげだと言っています。彼がクラブの目標として掲げ、毎日のように私たちに繰り返すのは、サッカー選手として以前にまず人としての成長に注意を払うべし、ということです。私たちはそれを、アタランタの育成部門だけでなく、地域のアマチュアクラブにまで広げようと配慮しています。したがってアタランタは、育成部門に所属する少年少女たちにとってだけでなく、地域全体のとってのモデルであり基準となっています。
私たちにとってもう1つの幸運は、アタランタと強く結びついた地域を背景に持っていることです。オーナーの姿勢、地域の豊かさ、地域との結びつき、これらが自然かつシンプルな形で本質的な違いを生み出しています。子供たちはここジンゴニアに来て自分たちがやりたいことに適した環境に身を置き、サッカーを純粋に楽しみ、その結果として選手として、そしてそれ以上に人として育っていく。私たちは何よりも人としての成長を大切にしています。それが結果として選手としての成長につながるからです。ピッチ上で起きることだけに目を向けていれば、成果を得られない危険があります。私たちはピッチ上とピッチ外のすべてに気を配っています。そして不思議なことにそこからいい選手が育っていくのです」
――つまりアタランタやベルガモ県の若者たちは、他の地域と比べてより成長に適した、静かで落ち着いた環境で育っているということですか?
「私の考えでは、まさにその点が他のクラブとの違いを生み出しています。ここジンゴニアのピッチで何が起きているかは、決定的なことではありません。もちろんここはプロクラブであり、いい施設と優れたコーチがいるので、ピッチ上の環境や仕事も素晴らしい。しかし私がここに来て働き始めて理解した本当の違いは、ピッチ上ではなくピッチの外で起きていること、そしてオーナーが日々すべての選手たちに向けている日常的な配慮です。
私たちにとっての幸運は、ルカ・ペルカッシCEOが毎日トレーニングセンターに来て、すべてのこと、すべての人に気を配ってくれることです。これはピッチ上とは関係のない領域であり、まさにそこに秘密があるのです。アタランタのモデルを学ぶために、ここに来てトレーニングをはじめピッチ上で行われているすべてを見ることはできます。しかし、実際に違いを作るのは、若者たちがトレーニングに費やす1時間半、2時間だけではなく、それ以外も含めた環境全体です。そこに日々目を向け、最良の環境を保証してくれるオーナーがいることが何よりも大きい」
インテルは「アタランタ」をモデルにしていた
――インテルのアカデミーで30年を過ごしたあなたから見て、インテルとアタランタ、2つの環境の違いはどこにあると思いますか?
「第一にクラブの規模が違いますが、それ以上に地域との関係性、結びつきが違います。もちろん、アタランタはオーナーであるペルカッシ家の2人、アントニオ会長とルカCEOがこのクラブの育成部門で育ち、プロ選手としてプレーした経験を持っているという点で、非常にユニークなクラブです。これは世界でほとんど、いや他のどのクラブも持っていない幸運だと思います。なぜなら、オーナー自身がその環境で成長してきたがゆえに、それがどれだけ重要かを誰よりも理解しているからです。
インテルでは素晴らしい時間を過ごしましたし、とりわけマッシモ・モラッティ会長、そして当時の経営陣やスタッフと一緒に仕事ができたのは幸運でした。彼らもまた、別の形でアカデミーに対して同じような配慮を持っていました。モラッティ会長は育成に特別な注意を払っていましたからね。その後、他のクラブと同様に変化や進化があり、オーナーが外国の主体に変わった後も、インテルのアカデミーでは重要な仕事が積み重ねられてきました。
私は長年それに携わる幸運に恵まれ、重要な選手の輩出という点でも成果を得ました。その多くは7~8歳からインテルのアカデミーで育った選手です。ある意味で私は、インテルでアタランタのモデルを模倣しようとしていたとも言えます。アタランタのミーノ・ファビーニ師と知己を得て、多くを学ばせてもらいました。だから今日、ディ・マルコ、ピオ・エスポージト、アレクサンデル・ストイコビッチのようにCLでプレーする選手たち、セバスティアーノ・エスポージトやピナモンティのように幼い頃から見てきた選手がセリエAで活躍しているのを見ると、彼らもまた同じようなプロセスを経て育ってきたと言うことができます。
しかし、ここにはアタランタを特別なものにしている要素があります。それはペルカッシ家がここで成長したという事実です。育成部門に対する関心や投資の姿勢が、他のどんな環境とも異なっているのは、だから当然と言えるでしょう。それが決定的な違いを生んでいると思います」
アタランタは「天才」を作らない
――アタランタは、特定のタイプの選手を重点的に育てようとしていますか。それとも選手本来の資質を伸ばすことに重きを置いていますか?
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
