1月1日にチェルシーがエンツォ・マレスカ監督の退任を発表した4日後、マンチェスター・ユナイテッドもルベン・アモリム監督の解任に踏み切ったプレミアリーグ。両指揮官の肩書きは「ヘッドコーチ」だったが、従来の「マネージャー」とは何が違うのか?似て非なる役職名が世界最高峰の舞台で混在している理由を、現地ロンドン在住の山中忍氏が探る。
「欧州大陸では当たり前」近代的クラブ経営で姿消す「全権監督」
昨年12月30日に行われた、プレミアリーグ第19節チェルシー対ボーンマス(2-2)でのこと。キックオフ1時間前に配布されたチームシート(下写真)には、両軍監督の名前の横に「Manager」と書かれていた。これは、便宜上の表記。イングランドには、監督を「マネージャー」と呼ぶ習慣がある。正式な肩書きは、チェルシーを率いていたエンツォ・マレスカも、ボーンマスのアンドニ・イラオラも「ヘッドコーチ」。簡単に言えば、チームを指導し、ピッチ上での目標達成に向けて指揮を執る“専門職”だ。

結果的に最後の采配となったマレスカは、その立場で鬱積した不満が我慢の限界に達した。退任は、体調不良を表向きの理由に、試合後の会見も避けた同節の翌々日。追って、ニーズを汲んでもらえない補強や、故障明けの選手に関する医療部門との摩擦が、離職の要因として報じられている。現場寄りの“管理職”と言える「マネージャー」であれば、受け身を強いられることのない領域での問題だ。
その4日後にあたる1月5日には、ルベン・アモリムが、マンチェスター・ユナイテッドで監督の座を追われた。第20節リーズ戦(1-1)後の会見で、「マネージャーとしてやって来たはずだ」と、三度繰り返した翌日の解任だった。試合前の会見では、自らが身上とする[3-4-3]で機能するチーム作りを諦めるような発言もあり、ジェイソン・ウィルコックスFD(フットボールディレクター)との確執が窺えた。事実はというと、2024年11月に就任したアモリムは、「ヘッドコーチ」として雇われていた。
当時のユナイテッドでは異例の扱いだった。イングランド伝統の強豪も、時流に乗る道を選んだわけだ。国内では、監督の「マネージャー」扱いをやめるクラブが増える一方。今季プレミアは、20チーム中14チームが、「ヘッドコーチ」の下で開幕を迎えた。うち2名が去った年始に訪れた2部での2試合でも、ワトフォードのハビ・グラシアと、コベントリーのフランク・ランパードが、「ヘッドコーチ」として雇われている。
この傾向自体は悪くない。巨大化、多角化、同時に細分化も進む近代的クラブ経営は、いわゆる「全権監督」が、チームの枠を超えてクラブ自体の舵も握る体制では無理がある。全権掌握タイプの最たる成功例であるサー・アレックス・ファーガソンは、著書の中で選手の売買に1つの章を割いているが、今時の監督たちは、費用対効果の見極めや、厄介な交渉などに伴うストレスを、FDが引き受けてくれる環境でもある。
Ruben reveals talks with Sir Alex 🗣️#MUFC
— Manchester United (@ManUtd) January 22, 2025
英国人以外が当たり前となっている、プレミアの監督事情に適しているとも言える。以前、経営陣による移籍市場に関するインプット要求を「重荷」としていたのは、チェルシーが現投資家オーナーの手に渡った時点で監督だったトーマス・トゥヘル(現イングランド代表監督)。彼は、監督が「トレーナー」と呼ばれるドイツの生まれだ。リバプールで、「マネージャー」だったユルゲン・クロップの後を「ヘッドコーチ」として受けた、オランダ人のアルネ・スロットも、「欧州大陸では当たり前」だとして意に介していない。
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問題は、スロットの肩書きが話題となったように、「マネージャー」からの“降格”とする国内の見方か。一般的に、発言権のみならず、威信にも欠けるという目で「ヘッドコーチ」を眺める傾向がある。
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Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。
