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「職場にアーセナルファンが多い会社がトッテナムファンの採用を拒むのは正当」と裁判官!?やはりここはサッカーの国

2025.10.04

Good Times Bad Times 〜フットボール春秋〜 #21

プレミアリーグから下部の下部まで、老いも若きも、人間も犬もひっくるめて。フットボールが身近な「母国」イングランドらしい風景を、在住も25年を超えた西ロンドンから山中忍が綴る。

footballista誌から続くWEB月刊連載の第21回(通算255回)は、ノースロンドン両軍の強烈なライバル関係を背景とする、とある裁判にまつわる話。

「職場の和を乱したくないという理由による合法的な判断」

 フットボールファンが、サポートするチームを理由に就活で不採用とされても違法ではない。そのような判決が英国内で話題となったのは、去る9月上旬のことだった。

 初めに言っておくと、ロンドン南部の法廷で争われた裁判自体は、サッカーともサポーターとも、まったく関係がない。マーケティング会社の最終面接で落とされたロシア人女性が、既存スタッフと気が合いそうにないとの理由による不採用を不服として訴訟を起こしたところ、面接担当が「他の候補者のほうに共感を覚えた」と証言している会社側に軍配が上がった。

 能力や経験の面で甲乙つけがたい候補であれば、雇用者は「職場のハーモニーを乱す恐れの有無」という観点から、採用決定を行っても問題がないことになる。会社も組織である以上、チームワークは重要。社内での人間関係が損なわれれば、顧客を含む外部からも透けて見える可能性が高いことを考慮すれば、とりたてて騒ぐまでもない判決のように思える。

 しかし、自らの言わんとするところを説いて聞かせるべく、裁判官が挙げた例えが、この判定を「サッカーの母国」におけるニュースへと変えた。ロンドン市内北部を地元とする2チーム間における、強烈なライバル関係を背景とする仮説を用いたのだ。

 「小さな会社で、アーセナルの熱狂的なファンがそろう職場があるとしましょう。そこに、アーセナルファンの新社員が加わることになる。同等の資格を持っていながら、最終面接で落選したもう1人の候補者は、トッテナムのシーズンチケット保有者でした。職場の和を乱したくないという理由による人選。これは、合法的な判断ということになります」

 アーセナルのサポーターが大半を占める職場があるとすれば、オフィスは北ロンドンと考えるのが妥当であり、トッテナムのサポーターが就職を望んでも当然の立地条件ではある。とはいえ、当の裁判官も付け加えていたように、「極端な例え話」であることは間違いない。だが同時に、「イングランドらしい例え話」だとも言える。

本当にあった面接や出社初日の「どこのファン?」

……

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Profile

山中 忍

1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。

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