悩める大分。「ニュートラルに戻す」竹中新体制の狙いと、ポジティブな変化をもたらす“異色加入”岡本拓也
トリニータ流離譚 第29回
片野坂知宏監督の下でJ3からJ2、そしてJ1へと昇格し、そこで課題を突きつけられ、漂泊しながら試練を克服して成長していく大分トリニータのリアルな姿を、ひぐらしひなつが綴る。第29回は、1勝2分2敗と結果は出ていないもののチーム内には好転の兆しが見えてきた竹中新体制について、新加入の岡本拓也や三竿雄斗の影響力も含めてレポートする。
大分トリニータが竹中穣監督体制でリスタートしてから1カ月半が過ぎた。ここまで5試合を戦って、1勝2分2敗と、勝ち点を積むペースはなかなか上がっていない。
J2残留圏ギリギリの17位で臨んだ9月20日のJ2第30節ではホームに勝ち点5差で18位のレノファ山口を迎え、竹中監督体制4戦目にして待望の初白星。前体制から続いていた長いトンネルをようやく抜け、13試合ぶりに勝利すると、得失点差でロアッソ熊本を抜いて16位へと浮上した。
降格圏との勝ち点差を『8』に広げ、いざここから巻き返しをと意気込んだが、続くホーム連戦となる第31節には、最下位の愛媛FCに0-3で大敗するという、あってはならない失態を演じる。愛媛FCが夏の補強で調子を上げていたとはいえ終始、攻守に精彩を欠いた戦いぶりで、順位は再び17位に転落。18位のレノファ山口と19位のカターレ富山がともに黒星だったため降格圏との勝ち点差はそのままだったが、ここで勝てば残留争いの緊迫感が一気に和らぐというシチュエーションで、90分間のほとんどを相手に翻弄される展開に陥り、自ら浮上のチャンスを手放したあたりに、組織としての未熟さが露呈した。
リーグ戦は残り7試合。降格圏との勝ち点8差はかろうじて逃げ切れる目安くらいで、前節のような試合を繰り返せばまさかの事態も生じかねない。降格圏の3チームも揃って監督交代以降に好転反応を示しながらあまり勝ち点を積めていないが、トリニータもそれにつき合うように似たり寄ったりで、まだまだ予断を許さない状況だ。
とは言っても、チームの様子にはポジティブな変化が見えている。
片野坂知宏前監督の目指したものを多く踏襲しながら新たな刺激をもたらしている竹中監督の、選手起用や試合に向けての準備といったマネジメント面での全く異なる角度からのアプローチには、興味深いものがある。

変化した戦術的準備。「対相手」から「土台固め」へ
数試合を戦う間に見えてきた最も大きな前体制との相違は、次の試合に向けての戦術的準備の内容だ。
片野坂前監督は意識の多くを対相手戦術に割き、オフ明けのトレーニングからそれに基づいたメニューを行っていたが、竹中監督体制になってからは次の対戦相手への対策よりも自チームのベースアップに向ける意識が強くなった。
確かに今季に関しては、開幕直前の主力の負傷によりプレシーズンに描いた枠組みとは異なる戦い方でスタートすることになった想定外のところから、チームのベースが定まらずに時が進んでしまったため、しっかりと対相手戦術を落とし込んでもそれを表現する段階でなかなか安定感を醸し出せずにいた。そういう意味で、遅まきながらもう一度「ニュートラルに戻す」という表現で土台を固め直す竹中監督のやり方は、サッカーに対しても誠実で理に適っているように思える。その作業の中では、例えば「バイタルエリア」といった曖昧になりがちな用語の解釈の擦り合わせなども細かく行い、プレー選択やプレーエリアの自由度を広げながら「選手の感性を合わせてプレーできるように」と、選手間の相互理解を深めるトレーニングに取り組んだ。
主に距離感の修正を主眼としたベーシックの徹底がようやく勝利に結びついたのが、レノファ山口との“ボーダーライン対決”だった。
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Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg
