スポーツ・リパブリックが掲げるMCOの未来も背負う松木玖生。サウサンプトン1年目の期待と展望
夏の移籍市場を経て2025-26シーズンは過去最多の日本人選手10人が参戦中のEFLチャンピオンシップ。その中で最年少ながらクラブのみならずマルチクラブ・オーナーシップの未来まで背負っているのが、提携先ギョズテペでの武者修行を経てサウサンプトン1年目を迎えた松木玖生だ。カラバオカップ2回戦ノリッチ戦のスーパーゴールでも注目を集めた22歳への期待と展望を、チャンピオンシップ第5節ポーツマス戦で解説予定の秋吉圭(EFLから見るフットボール)氏に綴ってもらった。
フットボールにはいくつかの神話がある。それは凝り固まったナラティブであり、半ばオカルトとも言うべき非科学的なことでもあり、またある時には不都合な真実である場合もある。
「2点差は危険なスコア」、「監督解任ブースト」、「流れ」。こういったものが現実にはただの定型句以上の意味を持ち得ないのと同様に、その逆で人々が受け入れざるを得ない神話もある。いつの時代も、フットボールにおけるポエティック・ジャスティスは実に儚く、脆弱だ。
例えば、「勇敢であることは、必ずしも成功を約束しない」。
人々は自然な成り行きとして、フットボールにスタイル的な美しさを求めてきた。「アンチ・フットボール」という言葉を作ることで逆説的にフットボールのあるべき姿を規定し、より複雑でより繊細なフットボールの構築を挑む者に結果度外視の称賛を与えてきた。
人々は自然な成り行きとして、成功のために革新的な取り組みを行う挑戦者を求めてきた。そこには必然的に多額の金銭が絡み、それを持たざる者には他の誰しもが手をつけていない取り組みが要求された。クラブ間のパワーバランスが不公平にもある地点で半永久的に固定された中で、その力学構造に抗う者たちが無条件で褒め称えられてきた。
誤解なきように言うが、その挑戦自体は称賛されて然るべきものだ。みなが美しいフットボールに魅力を感じるのは当然だし、新しい取り組みに魅了されるのも当たり前だ。しかし一方で、それらは往々にして単なるモラル・ビクトリー以上の意味を持ち得ないケースも多い。そういったアプローチが「結果」という唯一無二の評価軸に直結するわけではないからだ。
長年の堅実な成功と突如注入された野心の狭間で、もがき苦しむクラブがいる。プレミアリーグ20位→チャンピオンシップ4位→プレミアリーグ20位。トップディビジョンでの安定した11シーズンの末に、サウサンプトンが舵を切ったのはMCO(マルチクラブ・オーナーシップ)モデルへの転換、そしてその移行に伴う産みの苦しみだった。
プレミア史上最低勝ち点の更新を辛くも逃れ、32歳の若き新指揮官の下で再度1年での返り咲きを狙う2025-26シーズン。そのスカッドの一員に、クラブが選んだMCOモデルの命運を左右することにもなりかねない1人の日本国籍選手が名を連ねる。
イングランド1年目、松木玖生22歳。提携クラブ・ギョズテペ(トルコ1部)で過ごした欧州1年目を経て、彼はサウサンプトンの地で自らの価値を証明しようと奮闘している。
提携先ギョズテペのGBE除外で「何のメリットもないMCO」に
松木はこの夏、サウサンプトンとギョズテペが提携クラブ化した2022年以来、初めて後者へのローンから前者のトップチームに入った選手となった。親会社スポーツ・リパブリック(以下、SR)がセインツを買収したのが2022年1月、その約半年後の8月にギョズテペもSRの傘下に入ったことを思えば、これはやや意外な事実にも思える。
その背景を詳しく理解するには、ここまでのサウサンプトンとSRの歩みを振り返る必要がある。
2022年1月、それまでの中国人オーナーの下でクラブ経営に行き詰まりが見え(中国政府による投資規制の影響も大きかった)、前体制下のセインツには「プレミアリーグ中下位」という上限がはっきりと示されつつあった。そんな現状の打破を誓いクラブ株式の80%を取得した新オーナーこそ、前年の12月に設立されたばかりのスポーツ投資ファーム、SRだった。
SRの設立者の1人がラスムス・アンカーセンだ。2010年代の英国フットボール界に革命を起こしたと言っても過言ではないブレントフォードの躍進において中心人物を担った彼は、データドリブンの選手補強、アカデミーを廃止しBチームを設立するなどといった時代を先取りする行動の数々でその名声を高めた。ブレントフォードでの職を辞し立ち上げたSRでは、セルビアのメディア王ドラガン・ショラクのバックアップを取りつけ、次なる「革命」の舞台としてサウサンプトンを選んだ。
ポテンシャルを最大限発揮し背伸びを続けていたクラブにやってきた革命児に対し、ファンベースは当初好意的な反応を示した。そして彼らが実権を握って最初の移籍市場となった2022年夏、クラブは史上初めて一度の移籍市場に1億ポンドを超える額を投資し、サポーターの期待はさらに大きく高まった。
彼らの失敗は若き力を過信したことだった。今やそれだけで黄色信号の言葉とすらみなされつつある「マネーボール」を標榜したセインツには、確かにロメオ・ラビアやカルロス・アルカラスのような才能も加わった。しかし上層部のマンチェスター・シティとのコネクションでやってきたギャビン・バズヌやフアン・ラリオスといった新戦力たちが力不足を露呈し、冬に2200万ポンドの移籍金で切り札としてやってきたカマルディーン・スレマナも期待を裏切るパフォーマンスに終始した。
また前オーナー時代の2018年12月からオーナー交代後の2022年11月まで指揮を執ったラルフ・ハーゼンヒュットルの後任にベテランの扱いに長けたタイプのネイサン・ジョーンズを据えたり、そのせいもあってか冬にはミスラフ・オルシッチやポール・オヌアチュといった(結局こちらも期待外れに終わった)20代後半以上の選手を獲得したりと、当初掲げたビジョンからはかけ離れた迷走にも思える不可解な意思決定も下された。ジョーンズの就任時、クラブからは彼が持つ守備面での好データがロジックとして示され、特に「セットプレーでの失点が減る」ことが約束された。しかし現有戦力やSRが推し進めてきた方針とのシナジーのなさは火を見るよりも明らかで、それはある面で確かにデータドリブンではあったが、一方で別の言い方をすれば極めて機械的な選択でもあった。
そしてもう1つファンを幻滅させたのが、新オーナー到来時真っ先に掲げられた構想の1つであるMCOモデルの不履行だった。いや、厳密に言えば8月にギョズテペが加わったため、一応その傘の存在は明らかになっていた。しかし彼らとの間で肝心の選手の往来が行われず、一見すると何のメリットもないMCOが展開されていたのだ。
これは当時、ギョズテペがまだトルコ2部に所属していたことに起因する。過去記事『現イングランド代表に19人を輩出!日本人選手も続々挑戦中!「世界有数の下部リーグ」EFL、チャンピオンシップが侮れない理由』でも解説しているブレグジット後の労働許可ルール「GBE」において、イングランド国籍を持たない選手の労働許可発給には前所属クラブのリーグの格が大きく関係してくる。5大リーグなどをはじめとする「バンド1」に次ぐオランダ、ベルギー、ポルトガル、そしてトルコといった「バンド2」の1部リーグにMCO傘下のチームが多いのは、これらのクラブを持っておくことで新加入選手の労働許可が取りやすくなるためだ。
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Profile
秋吉 圭(EFLから見るフットボール)
1996年生まれ。高校時代にEFL(英2、3、4部)についての発信活動を開始し、社会学的な視点やUnderlying Dataを用いた独自の角度を意識しながら、「世界最高の下部リーグ」と信じるEFLの幅広い魅力を伝えるべく執筆を行う。小学5年生からのバーミンガムファンで、2023-24シーズンには1年間現地に移住しカップ戦も含めた全試合観戦を達成し、クラブが選ぶ同季の年間最優秀サポーター賞を受賞した。X:@Japanesethe72
