「期待を煽り夢を売る」から「Here we go!」へ。移籍報道はなぜ、個人SNSアカウントが主役になったのか?
CALCIOおもてうら#51
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、「Here we go!」が自身のブランドとして定着したファブリツィオ・ロマーノに代表される、個人SNSアカウントが主役となった移籍報道の変化について解説してみたい。
国内リーグの開幕に続き、9月1日には5大リーグをはじめとする欧州主要国の移籍ウィンドウが終了して、欧州サッカー2025-26シーズンの大枠がようやく固まった。移籍ウィンドウ最後の1週間、そして「デッドラインデー」当日に展開される駆け込み移籍のドタバタ、そしてそれを伝える移籍報道の過熱ぶりは、すっかり「夏の終わりの風物詩」となっている。
移籍専門記者ディ・マルツィオが導入した「ファクト主義」
その移籍報道も、この15年で大きく様変わりした。
昨今、移籍に関するニュースが飛び交う報道合戦の舞台は、X(旧Twitter)をはじめとするSNSであり、その主役はファブリツィオ・ロマーノ、ジャンルカ・ディ・マルツィオ、デイビッド・オーンスタインといった移籍専門ジャーナリストの個人SNSアカウントだ。
とりわけ、移籍決定を伝える「Here we go!」がもはや自身のブランドと化したロマーノは、Xのフォロワー2600万人強、インスタグラムは何と4000万人強という圧倒的な数字が示す通り、世界中のサッカーファンから絶大な支持を集めている。プレミアリーグをはじめ5大リーグのビッグクラブを広くカバーし、交渉の進捗から決定、そして契約内容を詳細までを細かく、そして高い精度で報じる姿勢が、これだけ大きな人気を集めている理由だろう。
どのマスメディアにも属さないフリーランスの記者が、SNSというプラットフォームを使って情報を発信し、それが圧倒的な支持と信頼を集めているという事実には、移籍ニュースという特定のカテゴリーに限った話だとはいえ、ジャーナリズムのあり方をめぐる時代の変化が象徴的に表れている。
この変化が完全に定着したのはここ数年のことだが、始まったのは10年あまり前のことだ。2010年代の前半は、TwitterをはじめとするSNSによる情報発信が広まりつつあったとはいえ、まだ移籍ニュースの主戦場はWEBサイトだった。ちょうど紙媒体からWEBに軸足を移しつつあった『ガゼッタ・デッロ・スポルト』、『マルカ』、『レキップ』、『キッカー』といった老舗のスポーツメディアが、憶測と願望の入り混じった従来型の移籍ニュースを報じ、そして2000年代半ばにイタリアで生まれた『tuttomercatoweb.com』や『calciomercato.com』のような移籍情報専門サイトが、文字通り玉石混交、真偽不明の情報を大量にフィードするというのが、当時の移籍報道事情だった。
そこに大きな変化をもたらしたのは、イタリアの衛星TV局『スカイ・イタリア』で史上初めて移籍専門記者という仕事を確立したジャンルカ・ディ・マルツィオだった。拙訳の書籍『カルチョメルカート劇場』でもおなじみのディ・マルツィオは、移籍報道のあり方を根本から変えたパイオニアと言うべき存在である。
……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
