【対談前編】利重孝夫×日置貴之。出島フットボール代表とセレッソ大阪社長は、なぜオランダ2部に進出したのか?
【特集】Jクラブの新たなる海外戦略#7
J1の主力はもちろん、J2から即海外というルートも目立つようになった昨今の移籍市場。環境の変化に適応するように、Jクラブの海外戦略にも新しい動きが出てきている。激変の時代に求められるのは、明確なビジョンと実行力。その成否はこれからかもしれないが、各クラブの興味深いチャレンジを掘り下げてみたい。
第7&8回は、オランダ2部に進出した日本人経営者の対談。25年4月、オランダ2部のMVVマーストリヒトは「出島フットボール」が共同オーナーになることを発表。そして7月、今度はセレッソ大阪のトップパートナーであるヤンマーによるオランダ2部のアルメレ・シティの買収が発表された。2つのプロジェクトをそれぞれ主導したのが、元シティ・フットボール・グループ日本法人代表で現在は出島フットボール代表取締役を務める利重孝夫氏と、東京五輪開閉会式のエグゼクティブロデューサーを任されるなどスポーツビジネスやマーケティングのスペシャリストで今年4月からセレッソ大阪の新社長に就任した日置貴之氏だ。
対談前編では、奇しくも同時期に海外クラブの経営に参画した2人に、プロジェクトの経緯や背景について語り合ってもらった。
ヤンマーはなぜ、アルメレ・シティを買収したのか?
――今回は奇しくもほぼ同じタイミングで、オランダ2部クラブの経営に関わるようになったお二人に「Jクラブの新たなる海外戦略」というテーマで語り合っていただくという企画になります。
利重「それにしても、アルメレの初戦は大変なことになりましたね(25-26シーズンのエールステディビジ(オランダ2部)第1節の対戦相手フィテッセがプロクラブライセンスを剥奪され、試合は中止)」
日置「すごいスタートでした(苦笑)。さっそくオランダサッカーの洗礼を受けました。もちろん事前に警告はされていたんですが、スパッとクラブライセンスが剥奪されて……システムの国な感じがしますよね」
――波乱のスタートになったわけですが(笑)、まずはお二人が手がけたオランダ進出プロジェクトについて教えてください。ヤンマーのアルメレ・シティ買収はどういった経緯だったんでしょうか?
日置「もともとヤンマーのヨーロッパ本社がアルメレにありまして、スタジアムのネーミングライツの取得も行っていました。ヤンマーヨーロッパの社員がみんなでアルメレ・シティの応援に行くような密接な関係だったんです。ただここ数年、経営陣が様々な事情でオーナーシップを手放すことを模索していて、その中でセレッソ大阪というクラブを日本サッカー黎明期の頃から支えてきたヤンマーに対しては、『この会社だったら大丈夫じゃないか』と向こうの方から興味を示していただきました」
――アルメレ側からのアプローチだったんですね。
日置「はい。本当にいろんなタイミングが合ったのが今年の頭くらいです。そこから急加速的に話が進んでいき、7月頭に締結になりました。ちょうど僕が今後のセレッソ大阪の中長期戦略を作っていく中で、『国際化』が非常に重要になると位置づけていたんです。特にアカデミーを含めた育成の領域ですね。若手の移籍が加速していく中で、今後ますますアカデミーから自前で選手を育てていくことが求められていきます。そこでヤンマーに非常に近い関係のクラブがヨーロッパに一個あるじゃないかとなりまして、両者の思惑が一致したという流れです」
――日置さんが社長になって一気に進んだと。
日置「そうなりますね。ただ、具体的にどう関わっていくかはこれからです。まだオーナーシップの移行に関してオランダサッカー協会からの承認が下りていないので、アルメレに関しては正式に承認された段階でいろいろな発信をしていこうと考えています」
――アルメレという街は日系企業が多く、この地に初めて人が住み始めたのは1976年からと街自体も新しいですし、アルメレ・シティもクラブ創設から24年と新興のクラブです。このクラブをどのように導いていくイメージでしょうか?
日置「1部と2部を行ったり来たりしているものの、基盤はしっかりしているクラブです。加えて、ヤンマーとずっと関りの深いクラブというのも大きいですね。北野颯太が去年練習参加していますし、セレッソともすでに関係性があります。ヤンマーも現地で支援できますし、手厚いサポート体制の中で選手や指導者を研修に出すことができます。その安心感はありますね」
利重「オランダの2部は降格がないので、若手の出場チャンスも与えられやすいですからね。北野選手は練習参加という形ですか?」
日置「はい。アルメレのオフシーズンだった去年の7月初旬頃、2週間くらい参加して大きな刺激を受けたようでした。今まではあまり海外の意識はなかったそうなんですが、ヨーロッパでやりたいという具体的な目標ができて、自分で英語の勉強を始めました。もともといい選手だったんですが、具体的な目標が設定できてからは一気に駆け上がっていきましたね」
利重「これからも10代後半の若手をアルメレに送っていくイメージですか?」
日置「実際に選手登録するとなると、オランダ2部でもEU外選手の最低給与額があるので、(アルメレの経営を考えれば)それなりに高いハードルはありますからね。北野選手のように短期の合宿という形が多くなると思います」
利重「選手登録するなら、受け入れるクラブ側としても正式な投資としてシビアに判断していかないといけませんからね」
日置「おっしゃる通り、アルメレ側としては投資として採算が取れるかどうかを見ていかなければなりません。逆に、オランダ側からセレッソにいい選手を獲ってくる可能性もあります。アルメレ・シティというクラブを持つことで、オランダを中心とした生きた情報が入ってきますから。
欧州にクラブを所有するメリットは3つあると考えていまして、 1つは今言ったような情報面ですね。欧州サッカーのネットワークに接続することで、得体のしれない“一見さん”ではなくなる。まさに利重さんの言う『出島』のような存在で、最終的には日本サッカー界全体の公益につながってくる話だと思うんですよ。5大リーグの情報は入ってきやすいのですが、例えば東欧のハンガリーとかでいい選手がいたとして、今までだと動けませんでした。やっぱり知らないので。ただ、関係者のつながりがあれば情報の解像度が一気に上がってきます。そういう意味でも、欧州サッカーの情報ネットワークをしっかり持っておくのは大事です。自らもそうしたネットワークの中に入っていくと同時に、交流していく必要もあります。選手はもちろん、例えばコーチやスタッフもですね。一方通行ではなく、双方向に影響を与え合えるといいですね」
――アルメレにはどのくらいの日本人スタッフが行くイメージでしょうか?
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Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。
