なぜ、サカは下がって受けるのか?新世代のドリブラー像とボールキャリーの価値
TACTICAL FRONTIER~進化型サッカー評論~#18
『ポジショナルプレーのすべて』の著者で、SNSでの独自ネットワークや英語文献を読み解くスキルでアカデミック化した欧州フットボールの進化を伝えてきた結城康平氏の雑誌連載が、WEBの月刊連載としてリニューアル。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つ“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代フットボールの新しい楽しみ方を提案する。
第18回は、スペイン語で「コンドゥクシオン」と呼ばれる運ぶドリブル=ボールキャリーの価値について考察したい。ブカヨ・サカやアンソニー・ゴードンはなぜ、下がって受けるのか? 新世代のドリブラー像は日々変化している。
アーセン・ベンゲルはイタリアの難敵インテルを破り、ヨーロッパを制覇したパリSGに対して次のようにコメントしている。
「我々は、パスの世界に生きている。しかしPSGに共通するのは、ドリブラーを揃えていることだ。彼らはドリブルでの1対1を好み、そこからパスを選択する。デンべレ、バルコラ、ドゥエ……彼らの最優先事項はドリブルだ。まったく相手のDFを恐れることなく仕掛けてくる。これは強豪チームとしては、興味深い傾向だ」
実際に多くの侵略型チームスポーツにおいて、ボールを前進させることは最も重要な目的だ。アメリカンフットボールでは、攻撃側のチームは様々な手段を用いながら陣地を前進していく。それによって、彼らは「ゲイン」に成功する。10ヤードのゲイン、というのは10ヤードの前進を意味する。ラグビーも同様に陣取り合戦だと考えられており、「チーム全体でどのように前進するか」が鍵となる。
フットボールというスポーツはバスケットボールと同様に、どちらかというとゴールを決める最後のアクションであるシュートに注目する傾向があった。しかし、バスケットボールのように得点が多いスポーツと比べ、フットボールでは多くの得点が決まるわけではない。だからこそ、フットボールにおいても少しずつボールを前進させるアクションへの注目度が向上しており、同時にドリブラーの価値もこれまで以上に高まりつつある。
「運ぶドリブル」を求められるCBとSB
多くのチームがコンパクトに守備ブロックを構築する今、「ボールをどこで失うか」に注意を払うのは自明のことだ。中盤で安易にボールを失えば、そこからのカウンターで一気に危険な局面を作られてしまう。だからこそ、コンパクトな守備ブロックをパスで通過することはリスクも大きい。もちろん、「ボールより人は速く動けない」というのがフットボールの鉄則である以上、パスによって守備陣を突破するプレーは理論的には可能だ。しかし当然、パスによる前進にはリスクもある。
中央での過密を避けてロングボールを蹴るというプレーは陣取り合戦においては1つの選択肢であり、ブロックの頭上を越えてしまえば選手間の距離を短くしても意味はない。そういったアプローチでチェルシーは、クラブW杯決勝でPSGを苦しめた。このような敵陣への長いボールは、ラグビーやアメリカンフットボールでも有効な手段になっている。ラグビーでは縦方向にボールを投げられないルールがあるので、敵陣の背後にロングボールを狙うにはキック=ハイパントを活用する必要がある。
フットボールでもロングボールは比較的リスクの少ない前進方法の1つとなるが、もう1つの注目されるべき手法がドリブルだ。ドリブルはリスキーな方法だと思われることも多いが、実はそうでもない。ボールを奪われる可能性が高いのは相手を抜くドリブル、スペイン語で「レガテ」と呼ばれるものだ。これには技術と相手を欺く駆け引きが必要になるが、スペースに向かってボールを運ぶドリブルはスペイン語では「コンドゥクシオン」と呼ばれており、こちらのリスクはそこまで大きくはない。
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Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。
