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守りから攻めへと転換を図る、新たなアーセナルの移籍戦略を読む

2020.01.09

アーセン・ベンゲル監督が去り、イバン・ガジディスCEOが去り、迎えた変革の時。若手の価値を上げて売る、という戦略が他の強豪勢でも普通になった今、彼らは新たなフロント体制でどんな選択をするのか。

 若い選手を獲得し、育成するモデルを軸としていたアーセン・ベンゲルの強みは「スカウティング」と「コネクション」にあった。前監督の辛抱強い選手起用と才能ある若手の組み合わせは、多くのトッププレーヤーを輩出することになる。しかし若手有望株の移籍金が高騰し、多くのクラブがスカウトに投資を惜しまなくなった今、アーセナルと他クラブとの差は小さくなってきた。そのような情勢を覆すために、彼らには抜本的な改革が求められている。今季開幕前のオフ、夏の移籍市場に投下可能な予算は4500万ポンド(約59億円)程度に限られると報じられていた状況で、そんなメディアを嘲笑うかのように見事な補強に成功したアーセナルの移籍戦略はどのように変化したのだろうか。

 リールでブレイクした24歳のコートジボワール代表ニコラ・ペペの獲得は、特にアーセナルの野心的な戦略を象徴するものとなった。クラブ史上最高額の7200万ポンド(約100億円)という大金を投じたことは、多くのサポーターを驚かせたことだろう。2018年10月のイバン・ガジディス(現ミランCEO)退任後、クラブのフットボール部門を統括することになった元バルセロナのラウール・サンジェイは、培ってきたコネクションを使ってリールのゼネラルディレクター、マルク・イングラと接触。かつてバルセロナで副会長を務めていた彼とのコネクションは、ペペを狙う多くのクラブを出し抜く鍵となった。

クラブ史上最高額で迎えられたペペ。元日のプレミア第21節マンチェスター・ユナイテッド戦では全2得点に絡み勝利に貢献、さらなる活躍が期待される

分割払いの増加、職務分掌の明確化

 4500万ポンドの予算で7200万ポンドの移籍を実現することは手品のように思えるかもしれないが、真新しい手法を使ったわけではない。アーセナルは移籍金を分割払いにすることで、昨夏の予算を超えないように支出をコントロールした。さらにダビド・ルイスやキーラン・ティアニー、ウィリアン・サリバ(来季から加入)獲得の移籍金も分割払いになっていると見られている。この手法は他クラブも大型移籍の際に頻繁に使用しているものだが、「健全経営」を重要視していたベンゲル時代のアーセナルは分割払いを伝統的に好まないクラブだった。

 例えば、サッカーとビジネスのデータ分析ブログ『The Swiss Ramble』による「プレミアリーグのクラブが支払わなければならない分割払いの残金(2017-18終了時点)」ランキングでは、マンチェスター・ユナイテッドが2億5800万ポンドでトップ、約1億5000万ポンドでチェルシー、マンチェスター・シティ、リバプールが続く中、アーセナルは1億ポンドでワトフォードに次ぐ7番目だった。当然だが、収入が安定しているクラブは分割払いが増えてもダメージは少ない。ユナイテッドはブランド力が強く、シティやリバプールはCLにおける収入が計算可能だ。

 健全経営を掲げ、キャッシュを守る傾向にあったアーセナルが、CL出場権を逃したタイミングで分割払いを増やしたことは、その姿勢の変化を表していると言える。無論、支払いを後回しにすることはリスクでもある。特に今後も連続でCL圏外が続くようであれば、負債によってさらなる補強費の捻出が難しくなるだろう。だからこそ、経営陣が攻めの姿勢を貫いた2019-20は、ピッチ上での結果が求められてくるシーズンなのである。これは目線を変えれば、ベンゲルという全権監督に近い存在を失ったことで「職務分掌が明確化された」ということかもしれない。おそらくベンゲルが頭を悩ませたであろう財務の問題を、経営のプロフェッショナルが検討するようになってきているのだ。

 昨年夏は選手の売却に関しても冷静に立ち回り、ペペ獲得の一方でアレックス・イウォビをエバートンに3400万ポンドで放出した。8歳からクラブに在籍したアカデミー出身者であり、ポテンシャルを感じさせてはいた23歳だが、フロントは高く売れると見るや決断したわけだ。また、トップチームでほぼ出番がなかった21歳のDFクリスティアン・ビエリクをダービー(2部)に1000万ポンドで売却できたのは大きい。2015年にポーランドから青田買いした当時の移籍金は200万ポンド程度だった。

 コストを削減しながらMFダニ・セバージョスをレンタルで手にし、ローラン・コシエルニーが退団するというアクシデントはあったものの、ダビド・ルイスを市場最終日に獲得した。元ブラジル代表のクラブOBで、新設された「テクニカルディレクター」として今年7月に加わったエドゥがコネクションを活用し、代理人キア・ジューラブシャンに接触。ロンドンのライバル、チェルシーから主力を引き抜くという仕事をやってのけた。32歳とはいえ、 800万ポンドの移籍金はトップクラスのCBとしては安い。

 ピエール・エメリク・オーバメヤンとアレクサンドル・ラカゼットという圧倒的なストライカー2人に満足することなく積極補強を敢行した一方で、そのオーバメヤンとラカゼットの契約延長交渉には「CL圏内確定ボーナス」を織り込んでいると言われ、現有戦力のモチベーションアップにも着手。いずれも1999年生まれのマテオ・ゲンドゥージジョー・ウィロック、リース・ネルソンをはじめ、若いタレントも台頭している。フロントが“攻めの補強”を仕掛けた今季、積極路線を継続するために不可欠な結果を手にすることができるだろうか。

2004年の加入以来、アーセナル一筋のウィロック。生え抜きの星としてトップ定着、さらなる飛躍が望まれる一人だ


Photos: Getty Images

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Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。