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「ジダンの再来」は「給料泥棒」に…ヨアン・グルキュフを阻んだ繊細さ

2019.06.04

“最後に自分の100%を出し切ってプレーできたのはいつだったか、もう思い出せない”

Yoann Gourcuff
ヨアン・グルキュフ

1986.7.11(32歳) FRANCE

 スキル、ゴールセンス、戦術理解、おまけにルックスまで兼ね備えた神童は、一時は「ジダンの再来」というフランス人選手にとって最高の称号も得ていた。2008-09にはボルドーで国内2冠に貢献、同時期に代表デビューも果たし、彼の前途にあるのは輝かしいキャリアだけのように思われた。ところが、2010年にリヨン入りした頃からケガが頻発するようになる。在籍5季の間に把握できるだけで13回も数週間単位で離脱。しかも特に弱かった膝の再発だけでなく、負傷部位は全身にわたっている。

 「仮病」ではないかという心ない噂も流れた。また、メディカルスタッフに非難の目が向けられたことも。しかし本人は、様々な情報を集めてはクラブ外の医者の診断も受けるなど、必死に解決策を見出そうとしていた。サラリーが高額だったことも災いして、最後は「給料泥棒」のレッテルを貼られ“荷下ろし”状態でリヨンを去った。

 古巣のレンヌを経て今季、他の選手より安いサラリーを承諾して加入したディションでも、10月のリーグ戦で腿を痛め、今年1月、双方合意の下で契約解除。彼を迎え入れたダロリオ前監督は「問題はメンタルにあるのかもしれない」と語っていた。相手との接触といった明確な原因なしに負傷することもあり、グルキュフ自身が再三のケガを恐れるあまり、かえってケガを招いてしまう悪循環があったのではと言われている。もともと超がつくほど生真面目なグルキュフは、クラブの救世主かのように迎えらえたリヨンでは相当なプレッシャーを抱え込んでいた。長く代理人を務めたプールメール氏も「プロサッカー選手の誰もが注目されたい人種ではない」と、極端にナイーブだった彼の性格も負傷多発の一因だと示唆している。才能だけでは成功できない、というプロスポーツ界の厳しさを象徴している。

Photo: Icon Sport via Getty Images

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ヨアン・グルキュフ

Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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