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緊張続くウクライナとロシアの今を象徴する“ラキツキ問題”

2019.05.23

ゼニトのヤロスラフ・ラキツキ

 「問題は語り尽くされた。もうこれ以上、彼のことは聞かないでほしい」

 EURO2020予選の初戦を前にした記者会見で、ウクライナ代表のシェフチェンコ監督は何十回と同じ質問を浴びせるメディアに対してこう訴えた。

ウクライナ代表のアンドリー・シェフチェンコ監督
ウクライナ代表のアンドリー・シェフチェンコ監督

 「彼」とは冬にシャフタールからロシアのゼニトへ移籍したDFヤロスラフ・ラキツキである。政治対立によりロシアへの敵対心が増大しているウクライナでタブーとされる移籍を決断したことにより、「金の誘惑に負けて国を捨てた」といった非難が殺到。こうした世論を受けてか、代表のホームページは長年最終ラインを担ってきたラキツキの名前を削除した。結局、3月の登録メンバーからは漏れ、ロシアメディアは「政治の犠牲となった」と隣国の極端なナショナリズムを報じている。

2018年3月、日本対ウクライナの親善時代でのラキツキ(44番)
2018年3月の日本戦でウクライナ代表としてプレーするラキツキ(44番)。先日発表された、6月のEURO2020予選に向けた代表メンバーにもその名前はなかった

選手の反応は真っ二つ

 ラキツキ自身は「国内リーグのレベルはこの5年間、低下し続けている。面白くないんだ」とサッカー選手としてより高いレベルと環境を求めての移籍だったことを強調。代表落選も覚悟のうえだった。シャフタールは収束しない紛争の影響で依然として本拠地ドネツクへ戻ることができず、多くの国内クラブは経営難にあえぐ窮状が続く。マンチェスター・シティのMFオレクサンドル・ジンチェンコはシャフタールの下部組織で育ったものの、ロシアのウファでのプロデビューを選択。夢のようなステップアップを果たした。言葉や文化の壁がなく、資金にも恵まれているロシアはウクライナの選手にとってキャリアを積むのに最適の場所だったが、国内からの反発を恐れて、両国間の移籍は激減している。

 反露派として知られるジャーナリストのドミトロ・ゴルドンは「ロシアの砲弾によって多くの死者が出た。ラキツキはその人々の墓に唾を吐いたのだ」と憤りを露わにした。しかし、これだけの批判をする人物が「ロシアには友人がたくさんいるが」と前置きし、ウクライナ語ではなくロシア語で話している点に両国の文化的な近さと状況の複雑さが表れている。

 ラキツキの移籍に関して、代表でともにプレーしたDFアルテム・フェデツキは「あり得ない。自国民や自国を尊敬すべき」と苦言を呈し、MFイェウヘン・コノプリャンカは「代表には彼が足りない。選手としても、人としても強い」とその不在を憂うなど、現役選手の間でも反応は様々だ。代表チーム内では以前から愛国心をめぐる火種はあった。ラキツキとGKアンドリー・ピヤトフは国歌を歌わず、EURO2016で代表を率いたミハイロ・フォメンコ監督は政治的立場が原因で選手たちが殴り合いをしていたことを後に明かしている。

 ラキツキ問題はあくまでも国内の分断を象徴する一つの事例であり、代表は内部崩壊の危険を今もはらんでいる。彼らを統率できるのは自国の英雄シェフチェンコだけなのだろう。カリスマ指揮官の求心力を拠りどころとして、ウクライナは国際舞台での躍進を目指している。

2019年5月20日、就任式で所信表明するウクライナのボロディミル・ゼレンスキー大統領
4月の大統領選で政治経験ゼロのコメディ俳優ボロディミル・ゼレンスキー氏が圧勝、5月20日に就任式を終えたウクライナは今、政治的転換点を迎えている。サッカー界にも影を落としている混迷が、新たなリーダーの下で収束に向かうことを願わずにいられない

Photos: Getty Images

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アンドリー・シェフチェンコウクライナ代表ゼニトヤロスラフ・ラキツキ

Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。