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ジョアン・シミッチ。そのプレーの真髄は「捻り」にある。

2019.04.25

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 トニ―ニョ・セレーゾ、カレカ、レオナルド、ジュニーニョ・パウリスタ、カカー……。多くの名選手が所属したブラジルの名門サンパウロの下部組織で育ち、現在リバプールに所属する守護神アリソンらと共にブラジルU-20代表で活躍した天才MF。そのジョアン・シミッチは今、名古屋グランパスの中盤でまばゆい輝きを放っている。

 名門のユースチームで育まれたテクニックを評価されたシミッチは、クラブへの感動的な別れの言葉とともに「求めている挑戦」と語るヨーロッパの地へ。レンタルで加入したポルトガルのビトーリア・セトゥバルで素晴らしいパフォーマンス(34試合8ゴール)を披露した。一度サンパウロに戻りプレーした後、2017年にセリエAに所属するアタランタへ加入。

 順風満帆かと思われたキャリアだったが、イタリアの地は彼にとって高いハードルとなった。ケガの影響もあったが、技術部門の責任者であったジョバンニ・サルトーリが「テクニックと視野に優れており、思考能力も他を圧倒する。チームに不在のカードとなる」と絶賛したMFは、十分な機会を得ることなくチームを離れることに。『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙はアタランタ時代の彼について「謎のまま、終わってしまった」と酷評した。その後移籍したポルトガルリーグのリオ・アベで再び実力を示した男には、イタリアで味わった苦境を振り払うことが求められている。

サンパウロ時代のシミッチ(左)

左足のキックと、相手の読みを外す「捻り」「タメ」

 左利きのMFは、精度の高いキックを最大の武器にする。しかし、主として「中盤の底」という印象は薄い。ブラジル・ポルトガル時代には積極的な攻め上がりでエリアに入り込んでの得点もあったように、彼はアンカーとしての「6番」というよりも縦の上下動に定評がある「8番」としての適性があるように思われる。実際、2016年に就任し現在もアタランタを指揮するジャン・ピエロ・ガスペリーニも「オフェンシブなポジションでの起用を検討していた」という報道が多い。

 一方で、「8番」のポジションで使うことの最大のデメリットとして「遅さ」がある。イタリア時代は「クラシックで静的なプレーを武器にするので、トランジションフットボールには不向き」と評価されており、監督としては悩ましい部分だったに違いない。

 中盤の底で使うには守備・リスクマネジメント能力が足りず、8番のセントラルハーフ的なポジションでは上下動に耐え得るフィジカルに不安が残る。名古屋グランパスは攻撃的なスタイルを貫くことで、彼を「2ボランチの左側」に起用。リスクを許容しながらも「最強の矛」を突きつけるようなスタイルで、MFの感覚を最大限に活かしている。

 ブラジル人MFにとって、最大の武器は「捻り」にある。

 相手の守備を誤認させることを得意とする彼は、通常のキックを先読みさせながら「逆」のコースにボールを通す。多用される楔の縦パスによって、名古屋のアタッカーは好位置で「質的優位」な状態でボールを受けることが可能になる。縦パスのスペシャリストは「撒き餌」で守備を動かし、アタッカーにパスを送り込む。

 衝撃的なパフォーマンスを披露した2月23日のサガン鳥栖戦は、得点シーンだけでなく、タイミングを変える「捻り」の妙技が詰め込まれていた。

 最初のチャンスとなったシーンでは、ボールの置きどころが絶妙。若干左側にボールを動かすことで、相手に「左へのパス」を意識させるような工夫を凝らしている。さらに味方が左でパスコースを作り出すことで、相手のゾーンが移動。ボール狩りを狙う鳥栖の動きを嘲笑うように、右側のスペースにボールを供給する。ここにも左サイドを意識させる「捻り」が組み込まれている。

 41分のシーンは印象的で、「タメ」を作ることで相手ボランチを動かし、パスコースを生み出している。捻りによってボールの方向を変える技術が、瞬間的な駆け引きを可能としている。

 得点シーンでは、「間接視野」で味方の位置を把握する能力の高さを披露。パスコースを被らせながらボールを呼び込もうとする2枚をオトリに、身体を捻りながらのアシストパス。

 ボールを受けたタイミング以外では、最終的なパス先方向を向いていないことが印象的だ。攻撃的なフットボール哲学が特徴的な指揮官、風間八宏のチームでは相手を押し込んだ状態で「エリア周辺」にMFが進出する場面も少なくない。8番としての適性は、得点シーンのようなエリアで最も活かされるはずだ。

相手のタイミングを外す「浮き球」

 ブラジル人MFらしく、相手の頭上を越えていくような浮き球も得意としているシミッチだが、「展開」の場面では「球足の遅さ」が弱点だ。味方が受けやすいような弾道の高いキックが多いので、相手守備陣のスライドが間に合ってしまうことも多い。サイドチェンジの面でも「6番」として求められる仕事は難しいかもしれない。

 一方で、崩しの局面で「タメ」と組み合わせた浮き球は絶妙の一言。スペースに間に合うような速度で送り込まれる縦パスは、味方のアタッカーにとっては最良のアシストパスだ。

 視野の広さだけでなく、前線に走り込むアタッカーの位置やDFラインの裏に生まれているスペースを把握する「視野の深さ」に定評があるMFは、カウンターの局面でも一撃必殺の縦パスを供給する。

 長いボールを供給する時間的な余裕がない状況では、捻りによるグラウンダーとの使い分けも可能で、コンサドーレ札幌戦では絶妙な繋ぎのパスを披露。カウンターの起点としても狭いスペースを有効活用し、狭いコースを通す判断力を見せつけた。スペースへのボールと楔の組み合わせは、相手守備陣に迷いを生むことになるだろう。

 南米の選手が得意とする「ラ・パウザ」の使い手は、崩しの局面を担うことになるだろう。ボールの受け方やボディアングルにも工夫を凝らしながら相手に狙うスペースを絞らせない知的なMFは、名古屋グランパスの攻撃と守備を繋げる重要な役割を果たしている。

 一方で、切り替えの遅さとスピード不足には不安も残る。被カウンター局面では、戻りが間に合わない場面も少なくない(コンサドーレ札幌戦でも、2ボランチが出遅れる場面が散見された)。

 読みの鋭さでボールを奪うスキルは兼ね備えるが、フィジカルバトルにも不安は残る。常に背筋が伸びた状態でボールを受けるスタイルは同じブラジル出身のオスカルを想起させるが、足下にボールを保ちながら駆け引きを狙うスタイルは「後継者」として期待された元ラツィオのエルナネスに近い。エルナネスは欧州で攻撃的なポジションに移ることで輝きを放ったが、シミッチはおそらく「2ボランチの一角」に固定されることになるだろう。

 3センターにおけるアンカーと比べれば「攻守両面でのタスク」は限定されているが、ポゼッションチームにおける攻撃のスイッチとしての重責を果たさなければならない。例えばチェルシーでのジョルジーニョと同様に、相手チームの厳しいマンツーマンマークを受けることが予想される。

 ボールを受けるタイミングでの駆け引きやドリブルも苦手ではないが、マンツーマンのマークを回避する武器は乏しいこともあり、チーム全体としての工夫が必要になるだろう。その局面で「8番」として高い位置に進出することで、マークを敵陣にまで引き下げるようなプレーも求められるかもしれない。ポルトガルリーグ自体は優れた得点感覚で評価されたように、25歳のMFは多様な可能性を示している。

 名古屋グランパスを新たな戦場に選んだ男は、すでに期待以上の実力を示している。前線に多くのアタッカーを送り込む指揮官のスタイルは、「縦パスのスペシャリスト」にとっても理想的な環境だ。イタリアでは実力を発揮し切れなかったMFが、ついに最も輝けるチームに辿り着いたのだろうか。

Photos: Takahiro Fujii, Getty Images

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ジョアン・シミッチ名古屋グランパス

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。

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