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スールシャールは、ユナイテッドを取り戻す。「童顔の殺し屋」が体現する伝統

2019.03.28

 監督交代で、チームが劇的に改善することはよくある。ただ、それは「経験豊富な監督が、チームの窮地を救う」というパターンが多かった。若手監督が経験不足を露呈した後、ベテランが安定をもたらす。イングランドでいうとサム・アラダイス監督が残留請負人として、堅実なサッカーで何度もチームを立て直してきた。

 しかしここ数年は、違ったケースが見られるようになってきた。シーズン途中にOBである若手監督が就任し、勢いをもたらし、タイトルまで獲得する事例だ。少し前でいうと、2012年のチェルシーにおけるロベルト・ディ・マッテオ、2016年のレアル・マドリーにおけるジネディーヌ・ジダン。彼らは、就任初年度ながらチャンピオンズリーグ優勝に成功している。

 そして今シーズン、またしてもOBの若手監督が窮地を救い、チームを栄冠へと導こうとしている。マンチェスター・ユナイテッドのオーレ・グンナー・スールシャール監督だ。

決して高くなかった前評判

 スールシャール監督の前評判は、決して高くなかった。

 一つは、現役時代にリーダーシップを発揮したエピソードに乏しく、個性派集団を引っ張るキャラクターなのか未知数だったこと。もう一つは、経験値の乏しさ。スールシャールの監督としてのキャリアは、主にノルウェーで積んだもの。プレミアリーグと比較すると、どうしても見劣りする。

 唯一のトップリーグ指導歴は、2014年1月に就任したカーディフ時代。だが、チームはなすすべなく降格、翌シーズンも指揮を取ったが2014年9月に途中解任の憂き目に遭った。イングランドの中には、監督としてのスールシャールに対しネガティブなイメージを持つ者も一定数いた。

 サー・アレックス・ファーガソン引退以降、デイビッド・モイーズ、ルイス・ファン・ハール、ジョゼ・モウリーニョなどが成し遂げることのできなかったチーム再建。新米監督が、成功できるか。信じきれないサポーターも一定いたのではないだろうか。

 しかし蓋を開けると、不安は杞憂に終わった。メンバーは変わっていないにもかかわらず、スールシャールはユナイテッドを攻撃的で勝てるチームに変ぼうさせた。チャンピオンズリーグでは、ラウンド16で対戦した優勝候補パリ・サンジェルマンを相手に、ホームで2点ビハインドの状態から大逆転劇を演じた。この偉業は、CL史上初だという。

逆転で8強進出を決めたラウンド16 パリSG戦のハイライト

 スールシャールといえば、ユナイテッドがトレブルを達成した1998-99シーズンの「カンプノウの奇跡」が印象に残っている。バイエルンを相手にビハインドを背負ったユナイテッドは、アディショナルタイムに2点を決めて逆転勝利。逆転ゴールを決めたのが、「童顔の殺し屋」こと現役時代のスールシャールだった。奇跡を起こした男が、監督としても選手時代のイメージそのままの結果を体現し始めている。

監督とチームのアイデンティティが一致する重要性

 なぜ、スールシャールはここまでチームをうまく率いることができているのか?

 まずは、チームの哲学を知り尽くしている点だ。モウリーニョも、就任1年目にEL優勝に成功した。しかし、彼に従う者は多くなかった。選手の強みを生かし、攻撃的に戦い、勝ち切ることがユナイテッドのアイデンティティ。モウリーニョの戦い方は、受け身過ぎた。相手の弱点を潰す戦い方は有効だが、毎試合となると見ていてつまらない。ここはセリエAではなくプレミアリーグであり、ユナイテッドなのだ。

 チーム文化と戦術の不一致を一番感じたのが、2018年9月2日のバーンリー戦だ。0-2で勝ったものの、モウリーニョの戦術には驚かされた。バーンリーはELプレーオフ出場という慣れない経験も影響し、降格圏に沈んでいた。十分勝てるであろう相手に対し、モウリーニョはバーンリーの弱点を潰しにかかったのだ。

 具体的にはマルアン・フェライーニを中盤の低い位置に配置し、空中戦に強いバーンリーのFWクリス・ウッド対策を敢行。この采配は当たり、エアバトルの脅威は軽減された。だが、展開力のないフェライーニが中盤の底に陣取ったことで、試合は凡庸なものになった。

 スールシャールは違った。攻撃的に戦う姿勢は、就任初戦のカーディフ戦(1-5)で伝わった。サイドバックは見たこともないほど上下動を繰り返し、CBやボランチは積極的に縦パスを当てる。2列目の選手たちは流動的に動き、リスクを負って攻めた。1失点はご愛敬だが、5点も決めたのはなんとファーガソン監督のラストマッチとなるウェストブロミッチ戦(5-5)以来。まさに「攻撃的なユナイテッド」が帰ってきた。筆者と同じくユナイテッドサポーターである高田馬場のブリティッシュパブの店長と、ビール片手に小躍りしたことをよく覚えている。

 2018年いっぱいは「ガンガンいこうぜ」、リスクはある程度度外視し、選手たちに気持ちよくプレーさせることを優先したスールシャール。しかし、年明け以降はぐっと手綱を引き締めた。重要な試合になったのが、2019年1月13日に行なわれたアウェイのスパーズ(トッテナムの愛称)戦。これまで[4-2-3-1]システムで選手たちを自由にプレーさせてきたが、この試合でスールシャールは初めて策士としての一面を見せた。

 ダイヤモンドの[4-4-2]で戦うトッテナムに対し、ユナイテッドはミラーゲームになるよう同じシステムを採用。トップ下にジェシー・リンガードを配置し、相手の組み立ての起点となるハリー・ウィンクス潰しを敢行した。

 モウリーニョ時代にもミラーゲームにすることはあったが、大きな違いは高い位置からボールを奪いに行く意識の有無だ。この試合では、相手陣内でリンガードがボールをカットすると、ボールを拾ったポール・ポグバが、右サイドに開いたマーカス・ラッシュフォードに抜群のロングフィードを送る。決定機を外しがちと言われてきたラッシュフォードだったが、この日はしっかり左隅に決めて先制点をゲット。このゴールが決勝点となり、ユナイテッドは勝利をおさめた。

トッテナム戦でのラッシュフォードのゴールシーン

 一方でスールシャールは、自身の強みを生かせるのであれば、ミスマッチを受け入れる勇気もある。例えば1月25日に行なわれたFAカップのアーセナル戦。ユナイテッドは中盤ダイヤモンドの[4-4-2]で試合に臨んだが、守備の際には3ボランチの脇のスペースが狙われる場面が散見された。一方で2トップとトップ下が前線に前残りし、カウンターも決まりつつあった。

 こういう局面で、モウリーニョなら迷わずポジションを修正し、スペースを埋めにかかっただろう。だが、スールシャールはオープンな展開を受け入れた。結果、カウンターから2ゴールを決めて1-3で勝利を収めている。前線の選手たちのスピードを生かすために行なった、勇気のある采配だった。

「ファーガソン頼り過ぎ問題」

 一方でスールシャールには課題もある。例えば、「ファーガソン頼り過ぎ問題」である。

 前任者たちはある程度、クラブの象徴的な存在と距離を置いて付き合ってきた。モイーズが就任直後、ファーガソン政権時代のコーチスタッフを解雇したのがその典型だろう。

 スールシャールは違う。ファーガソンの右腕だったフェランをコーチングスタッフに受け入れ、ファーガソン自身を練習に招待。その関係性の近さは、明らかだ。見ているものに「ファーギー時代のサッカーが戻ってきた」という印象を与える一因は、そこにあるのかもしれない。

 ただ、御年77歳のファーガソンは病気がちだ。2018年5月には脳出血で倒れ、緊急搬送された。今シーズン、スタンドで観戦する姿を見られ、ファンとしては安堵の気持ちで一杯になる。ただし、レジェンドの求心力を利用する手法は長続きしない。パリ・サンジェルマン戦の第2レグでは、ファーガソン氏がパリ入りしたとのニュースもあったが、前任者が影響力を持ちすぎるのは健全ではない。

 シーズン途中の就任であり、補強はゼロ。非常によくやっているとはいえ、スールシャールは経験不足が露呈することもある。パリ・サンジェルマン戦第1レグ(0-2)では、前がかりに戦い、アウェイゴールを2点も奪われた。3月10日のアーセナル戦(0-2)では、ウナイ・エメリ監督のチームを相手に力負けした。そして3月16日のFAカップ準々決勝ウォルバーハンプトン戦でも1-2で敗れ、初の連敗を喫した。

 特にウルブス戦は内容も悪く、相手の組織的な守備をほとんど崩せないまま。嫌な流れでインターナショナルマッチウィークに突入してしまったが、ここでチームを立て直す能力も監督には必要だ。

 チャンピオンズリーグ準々決勝では、苦手意識が強いバルセロナとの対戦となった。なじみ深いカンプノウで、スールシャールがまた歓喜をつかみ取れるか。2019年3月28日にユナイテッドの正式な監督に就任することが発表されたノルウェー人監督が、パリ・サンジェルマン戦第1レグの失敗をどう生かすのか要注目だ。

Photos: Getty Images
Edition: Daisuke Sawayama

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オーレ・グンナー・スールシャールマンチェスター・ユナイテッド

Profile

内藤 秀明

1990年生まれ。大阪府箕面市出身。大学時代に1年間イギリスに留学し、FAコーチングライセンスを取得。現在はプレミアリーグを語るコミュニティ「プレミアパブ」代表としてイベントの企画運営や司会をしつつ、マンチェスターユナイテッド・サポーターズクラブジャパン会長としても活動。2019年1月に初の著書『ようこそ!プレミアパブ』上梓。Twitterアカウント:@nikutohide ウェブサイト:https://premierleaguepub.jp/