FEATURE

韓国サッカーのモデルチェンジ。アジアカップは、その第一関門

2019.01.08

アジアカップ2019特集 現地メディアが伝える変革するアジア列強の今 #3】韓国代表

 内部のプレーヤー間の連合や競争によって変化を経験し、その過程で外部要因を流入または排除する――あらゆる分野、領域は、こうした様相によって興亡が左右される。そして、この動態を分析する際に重要なのはネットワークとその人物たちに触れていくことである。一例として、一時は斜陽産業に入った鉄道産業を改革し、世界初の高速鉄道を作り出した日本鉄道のケースを見てみよう。

 1956年、日本の国鉄の秩序ある撤退のために抜擢された十河信二総裁は、むしろ国鉄を革新産業に変える考えで島秀雄を登用する。すでに1920年代にヨーロッパの先進鉄道技術に衝撃を受けていた島は、ヨーロッパと違い高速鉄道が日本の経済的交通手段になり得ると考えた。その技術的実現のために、戦後GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の公職追放令によって浪人生活をしていた空軍技術者をはじめとする外部要員を招き入れた。十河は、彼の東京帝国大学法科大学のエリートネットワークを活用し制度的に島をサポート。こうして1957年から始まった新幹線プロジェクトは、1964年東京オリンピックを迎えることで実を結んだ。これは1981年フランスのTGVや1991年ドイツのICEに比べてはるかに早いスピードであり、鉄道のパラダイムを大きく変えることになる――。

 韓国サッカーのフィールドは今、これと似たような状況に置かれている。パク・チソン、ソン・フンミンをはじめとする極少数のアウトライヤーたちの活躍を除きグローバルトレンドを追いかけることのできなかった韓国サッカーは、これまでにない無関心と非難の中で迎えた2018年ロシアW杯で、厳しい旅路に向かうしかなかった。しかしながら、奇跡的なドイツ戦の勝利と、その後のアジア競技大会での金メダルの獲得によって、韓国サッカーに対する国民の関心は高まることになった。

 そして、これを機に韓国サッカーの改革に取り組んでいるのが、サッカー協会専務理事のホン・ミョンボと、代表監督選任委員長のキム・パンゴンである。

韓国サッカー界のレジェンドにして、現在はサッカー協会専務理事を務めるホン・ミョンボ

 崩れたサッカー協会の信頼を回復するために選任されたホン専務は、ブラジルW杯での失敗でそのイメージを失墜したが、それでもなお韓国サッカー屈指の伝説的存在として幅広いネットワークを持つ。彼はまず、改革の方向性を定めるために“外部要因の流入”を試みた。その1つが、香港の代表監督であり技術委員長として成功的なキャリアを積んでいたキムを代表監督選任委員長として連れてきたことである。アジアの架け橋である香港では数多くの欧米のサッカー指導者が活動しており、キム委員長は彼らと交流を重ねながら、彼だけのサッカー観を確立していた。そして、香港のサッカー体系を形作り、次の段階に進みたいと思っていたキムにとって、ホン専務の提案は断れない魅力的なものであった。

 監督選任にとって最も重要なキーワードは「プロセス」である。勝利という結果だけが重要ではない。先進サッカー談論を具現化し、韓国サッカーにその遺産を残し持続的な発展を図ることが本質的な目標であった。長い選考の末、キム委員長は体系的な訓練モジュールを見せながら様々なデータを提供意思を示したパウロ・ベント監督を選任。ベントは一種の象徴資本であり、彼を筆頭にした専門家集団としての“ベント師団”を選択したのである。

 そうして、彼の着任と同時に韓国サッカーのイシューとして、ポルトガル発のトレーニングメソッド、戦術的ピリオダイゼーションが浮上することになった。


戦術ピリオダイゼーション“輸入”が呼ぶ議論

 『footballista』でも数回紹介されたことのあるこの概念が韓国で本格的に議論され始めたのは、今回が初めて。ゆえに、概念の誤解や既存の韓国人指導者たちからの反発が表面化した。ご存知の通り、戦術的ピリオダイゼーションは一種のアイディアであり道具に過ぎず、それ自体が魔法ではない。しかし、新しい道具に対する完全な理解は必要である。その探求過程を通じて、質的談論の発展が可能だからである。

 問題は、戦術的ピリオダイゼーションが1つの道具としてではなく、指導者個々人によって投影されていたことである。ヨーロッパの舞台でポルトガル指導者が敗北したり、ベントの韓国チームが良い成績を出せなかった場合、氷山の一角に過ぎない戦術的ピリオダイゼーション自体が否定されるかもしれないという、見えない危機に置かれていた。

 ゆえに、チーム・ベントは韓国サッカーの発展のためにも、必ず成果を出さなければならない状況にあるのだ。そして、それを認識していたであろうキム委員長はベントに3つの目標を提示した。①アジアカップ優勝 、②W杯10大会連続の本選進出、③W杯でのベスト8進出、である。今回のアジアカップはその最初の関門だ。優勝のために、ポルトガル人のフィットネスコーチを追加で迎え、合計8人という歴代最大規模のコーチングスタッフ陣を構築した。

長足の進歩を遂げる現代サッカーの最先端が韓国で受け入れられるか否か、韓国サッカー界の未来をも背負うパウロ・ベント

 チーム・ベントは、今大会開幕までの6戦を3勝3分と力強い結果を残し協会とファンから熱い支持を受けているだけでなく、選手たちは『こんな訓練は今まで受けたことがなかった』と口をそろえ、そのクオリティを認めることが可能だ。そして、ベントの影響を受けた韓国サッカーには少しずつ変化の兆しが見え始めている。

 Kリーグの最強チームである全北現代の次期監督として、一時ジョゼ・モウリーニョのアシスタントコーチであったポルトガル人指導者のジョゼ・モライスが招へいされた。加えて、監督交代を検討中のいくつかのクラブでもポルトガル指導者が第一候補として挙がっている。彼らがリーグ戦で披露する戦略と戦術、トレーニング方式、メディアでのコメントは、韓国サッカーを大きく発展させることになるだろう。

 就任からたった4カ月でこうした変化が現れていることを思えば、キム委員長が提示した目標をベントが果たしていくことで、その波及効果はさらに大きくなるに違いない。そうなった時、最初の関門となる今回のアジアカップは1カ月間の大会だが、その結果はチーム・ベントの4年のみならず、韓国サッカーの今後10年を左右し得るのだ。

 ベントはすでに、韓国で再び飛躍しヨーロッパに帰りたいという抱負を語っている。もしこれが成功すれば、ヨーロッパの指導者たちにとって韓国は中国と日本とはまた別の性格を持つ魅力的な地になるだろう。世界中の若く優秀な指導者たちのステップアップの地として、独自の価値を創出する青写真をホン専務とキム委員長は描いている。そのモデルチェンジは、みながともに取り組むべき重大な建築作業となるに違いない。

7日のGS第1節ではフィリピン相手に1-0の辛勝発進となった韓国。1960年大会を最後に遠ざかっている大会制覇を遂げ、タイトルとともに改革を進められるか

『JUEGO』とは

韓国サッカー界のシンクタンクとして韓国、そしてさらにアジアのサッカー談論を発展させるための集団。ピッチ内の指導者談論とピッチ外のスポーツ産業談論を深めるために世界各地を飛び回っている。 その一環として自主的なジャーナルを発行するメディア活動をもとに、サッカー/スポーツ外の関係者をアジアサッカーの場に招き入れ、新たなスタンダードの確立を目指す。会社名でもある「Juego deposición」が意味するように、一つひとつの障害を乗り越えて究極的な目標を成し遂げるために努力している。

AFCアジアカップUAE2019 テレビ放送予定

地上波放送:テレビ朝日系列にて生中継!
https://www.tv-asahi.co.jp/soccer/asiancup2019/

BS放送:NHK BS1にて生中継!
https://www1.nhk.or.jp/sports2/daihyo/index.html


Photos: Getty Images
Translation: Sung Joon Choi

Profile

朴 秀容

サッカーの深さ、文化の広さ、そのつながりの強化を目指すサッカー界のプラットフォーム型シンクタンク『JUEGO』のディレクター。韓国とアジアのサッカー談論を発展させるために、現場に最先端の理論を持ち込んだり、同じ志を持つ『footballista』とコラボレーションを展開したりと、様々な戦略を立てる仕掛け人。