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ミラン育成部門のメンタル成長術。「摩擦を起こし議論をさせる」

2018.08.31

育成部門ディレクター(総責任者)フィリッポ・ガッリ インタビュー 後編


かつて育成軽視と言われたミランから今、ドンナルンマを筆頭に生え抜きのタレントが続々と輩出されている。すべての年代を通じて一つのプレーコンセプト、トレーニングメソッドを共有し、ボールポゼッションに基盤を置いたポジショナルプレーを採用する改革を主導したのが、2009年から育成部門ディレクター(総責任者)を務めたフィリッポ・ガッリだ。イタリアのWEBマガジン『ウルティモ・ウオモ』が収録した金言いっぱいのインタビュー(5月10日公開)を特別掲載。


前編はこちら

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育成と結果、プレッシャーとモチベーション

Risultato e Formazione, Pressione e Motivazione

── 育成と結果という2つの目標のバランスはうまく取れていますか? ミランはどのカテゴリーでもとにかくまず結果を求めるというイメージがあるのですが。

「育成において勝利が意味を持つのは、ある種の成長プロセスを通して手に入れた場合に限られます。育成において掲げられた目標の達成を通じて勝利を得るならば、そこにはプラスの循環が生まれます。私たちの仕事は、彼らになぜこのトレーニングを行うのかを日々説明することを通して、選手たちに自分が成長プロセスのどこにいるのかを自覚させることにあります。ピッチ上の結果が目的だと取り違えられることは少なくありませんが、私たちはあくまでそれは選手を成長させるための道具でしかないと考えています。

 一つ例を挙げましょう。昨シーズン、我われのU-16はリーグ戦で5位でした。リーグ戦の中断期間にピエモンテ州で行われた大会に参加し、優勝しました。参加していたのは、国外のプロクラブが2つ、残りは我われを除いてすべてレガ・プロ(イタリア3部)のクラブでした。この大会で優勝した時から、選手たちの間では、自分たちの戦い方を貫けばどんな相手にも勝つことができる、という自信が一気に強まりました。そして再開後のリーグ戦では、インテル、ユベントス、非常に強力だったアタランタ、ジェノア、そしてローマに勝ったのです」


── 最近『SO FOOT』(フランス誌)に掲載されたインタビューの中で、シャビは(同じバルセロナのカンテラで育成された)マリオ・ロサスという選手に言及しています。その優れたテクニックと際立った戦術理解度から見て、間違いなくトップレベルのキャリアを送るだろうと思われたにもかかわらず、トップチームでは結果を残すことができずに終わった選手です。シャビはそれがなぜなのか、説明できないと言っています。あなたはこうしたケースの原因はどこにあるのか、指摘することはできますか?

「具体的にどんなケースなのかは知りませんが、タレントの成長において周囲の環境が障害になったのではないかと考えることはできます。タレントというのは、テクニックと戦術だけで成り立っているわけではありません。置かれた状況の中で正しく振る舞うことができるかどうかもその一部です。おそらく彼は、その状況をうまく捉えることができなかったのでしょう。我われの育成部門では、持てるタレントを十全に発揮できるかどうかは、その選手の社会性にも関係していると考えています。私自身、ミランの中で選手としても、育成部門のディレクターとしても、同じようなケースに遭遇してきました。技術的にはトップチームにデビューする準備が整っているけれど、感情のコントロールという点ではまだというケースです。家庭、そして本人を取り巻く社会的な環境が過大な期待を作り上げ、選手がそれに押し潰されてしまう。持てるタレントの発揮を妨げる大きな要因です」


── プロ選手は常にメディアからの巨大なプレッシャーにさらされており、それをうまくコントロールできないことも珍しくありません。この種のプレッシャーに対する準備についても、育成年代から考えざるを得なくなってきているのでは?

「もちろんです。私たちはアルド・ドルチェッティ(現ユベントス・アシスタントコーチ)が導入したビデオアナリシスをはじめ、育成部門におけるテクノロジーの活用については先駆的な存在ですが、メンタルな側面の重視という点においてもそれは同じです。選手たちに対して教育心理学者によるセミナーを行い、そこにはコーチたちも参加します。SNSは自覚的に、かつバランス良く使うことが求められます。プロになったら重要なコミュニケーションツールとして利用しなければなりませんから、そのやり方を覚えることは重要です。ドンナルンマが過去のツイートを引き合いに出して叩かれた一件を見るだけでも、プロになったその時から、いやその前からSNSを正しく使いこなすことがいかに大事かがわかるでしょう」


── モチベーションも含めたメンタル的な側面についてはどのような取り組みを行っていますか? 生まれつきメンタル的な適性がより高い選手というのはいるのでしょうか?

「ええ。最初からそうした適性に優れた子供はいますね。適した環境を用意することで、選手たちが集中力や注意力を時間をかけて育むのを助けていくのは、我われ大人の役割です。敵を追い回すのではなく、楽しみながら自分たちのやり方でプレーできるように方向づけることが大事です。もちろんそれらは結果に繋がる形で行われなければなりません。

 モチベーションに関しては、ファンマ・リージョの『外から与えられるモチベーションは存在しない』という言葉に私も賛同します。モチベーションはもっぱら内発的なものであり、選手一人ひとりの個人的な目標に従うものです。私たちの仕事は、こうしたモチベーションが共通の目標達成に向かうような状況とコンテクストを作り出すことにあります。一つのグループは、共通の目標を持つと結束を強めるものであり、いったんそうなればその達成に貢献したいという気持ちが選手の中で高まるのも自然なことです。

 タレントの話と同じく、ここでも関係性は根本的な重要性を持っています。結果がついて来ず、プラスの循環が発動しない時にも、その困難を乗り越える力をもたらしてくれます。

 それは我われ大人にとっても同じことです。我われの学習や成長は一方的な情報伝達によってもたらされるわけではありません。学習と成長は、そのプロセスに参画した時、相互に意見を交換し合う(時にはそれが摩擦を生み出すこともありますが)時、すなわちそこに関係性が生じた時に価値を持ちます。ただ摩擦はあくまで議論の対象をめぐるものであるべきで、個人的な関係に関わるものであってはなりません。そしていったん生じた摩擦は、ともに解決される必要があります。この解決のプロセスは、仕事を進める関係性を一気に高める信じられない機会にもなり得ます。摩擦の欠如は、グループの内部がイエスマンだらけになるというくだらない状況を作り出します。創造的な人間は多かれ少なかれ摩擦を生み出す傾向があります。それをうまくコントロールできなければ、私はその人の創造性を引き出すことができないまま終わることになりかねません」


── 摩擦ということで言えば、FIGC(イタリアサッカー連盟)臨時コミッショナーのロベルト・ファブリチーニが、Bチームのプロリーグ参加という構想をめぐって、レガ・プロの会長ガブリエーレ・グラビーナの抵抗に遭っています。Bチームのプロ化はタレント育成に必要不可欠なソリューションだと思いますか? それとももっと別のことが必要なのでしょうか?

「若い選手たちが経験と知識を身につける機会を最大化することが必要です。Bチームは若手にプロの世界に足を踏み入れる機会を与えるだけでなく、ビッグクラブがトップチームのそれに近いゲームモデルをBチームに導入し、自分たちの選手に経験させることも可能になります。シーズン中でもBチームからトップチームに選手を引き上げれば、その選手に非常に大きなチャンスをもたらします。

 問題は、この国ではそうした機会を間違ったやり方で解釈しがちだという点にあります。プリマベーラのリーグに昇降格制度を導入したのは、競争を活性化することが目的でした。しかしその結果プリマベーラは、降格を怖れるあまり育成にとって役に立つとは言えない戦い方を選ぶチームばかりのリーグになってしまいました。現場の声に耳を傾けることなくトップダウンで改革が下りてくるという状況が続く限り、変革の恩恵が現場に及ぶことはないし、あるとしても運任せでしかないでしょう」


── 結果に対する過剰な執着は、我われの文化的な悪だと思いますか?

「結果の重要性は誰にも否定できません。しかし私たちの真の目的はプロフットボーラーを育てることです。育成部門の責任者たちが、真の変革はボトムアップでしか実現できないこと、我われ全員が育成という目的を共有してその実現に力を注がなければならないことを理解しない限り、私たちは遅れたままでしょう。イタリアサッカーは最も優れている、それは我われが守り方を知っているからだとか、コベルチャーノは最良の監督たちを生み出している、それは戦術的な知識が誰よりも豊富だからだとか、そういうことを私たちは言い続けている。だが私たちの前にある真実は、それとは異なっています。イタリアサッカーの文脈において、戦術とはあらかじめ決められたパターンを遂行するという以上のものではありません。それは目先の結果を得るためには割のいい賭けかもしれませんが、それと引き替えに選手たちが重要なプレー原則を身につけるのを阻害しています。

 ボールを持った時に何をすべきか、どう攻撃すべきかを、若い選手たちに教えるのは簡単ではありません。どう守るべきかを教えるよりもずっと難しい。しかしこのメンタリティを変えてスイッチを切り替えない限り、我われはずっと遅れたままでしょう」


── ベルギーサッカー協会は、トップクラブの育成部門をその組織から変革するというプロジェクトを推進し、数多くのタレント輩出という大きな成果を実現しました。FIGCがイタリアのクラブに対して取り入れるべきトレーニングプログラムを指示するというのは、不可能なことなのでしょうか? トップクラブ同士がせめて育成部門だけでも、イタリアサッカー全体のムーブメントと自分たちの利益のために連携し、積極的に情報を交換していくというのは、まったくあり得ない話ですか?

「問題は常に、それをどのようにやりたいかにあります。その点に関してはクラブごとに考え方が異なっている。ミラン、インテル、ユベントスの育成部門がみんな同じコンセプトの、育成という観点から見た時に貧しい内容のサッカーをするようになるとしたら、私はそれには賛成できません。

 FIGCがクラブに対して一つのコンセプトを提案できるとしたら、それだけで一つの成功と言えるでしょう。ただし、それが育成に寄与する提案かどうかは検討しなければならない。結果に最大の優先順位を置く、ダイレクト志向が強くセカンドボールを拾うために戦うようなサッカーがより育成に寄与するモデルであるという意見で私を納得させてくれるならば、私は今までの考え方とやり方を捨ててそれを取り入れる準備があります。一つの試合に勝つやり方は一つではありません。まったく正反対のアプローチでも勝つことは可能です。しかし育成に焦点を合わせて議論するのであれば、ボールポゼッションに基盤を置いたポジショナルなサッカー、どのように守るかによってどのように攻めるかが規定されるのではなく、どのように攻めるかによってどのように守るかが規定されるサッカーの方が、若い選手たちの成長には役立つと私は言い切れます。

 確かに、最初はいくつか余計に敗戦を重ねることになるでしょう。しかしだからと言ってリスクを取らない理由はありません。特にこの歴史的に大きな転換期においてはなおさらです」

エマヌエレ・トラージ


―― あなたはトップレベルの頂点でプレーしてきました。ミランの一員として5度のCL決勝を経験し、3度優勝している。94年のアテネでクライフのバルセロナを4-0で一蹴したあの歴史的な一戦では90分間ピッチに立ちました。しかし全体的に見れば出場機会は多いとはいえなかった。ミランで過ごした14年間のシーズン平均出場試合数は15.5試合に留まっています。ピッチに立つ機会が与えられた時に備えて、その極度にハイレベルな要求に常に応えるために、どのような準備をしていたのでしょう。

「私自身、何度も自分にそれを問いかけてきました。私の強みは、毎日のトレーニングを試合と同じものとして捉えるコンテクストを作り出すところにあったと思います。出場機会が少ないとしたら、私にとってはトレーニングこそが試合でなければならない。一つひとつのメニューに集中し、トレーニングにおいてもそれを試合で起こり得る状況だと受け止めて全力で取り組むことによって、私は常に高いレベルでコンディションを維持していました。フィジカルや技術・戦術という側面はもちろん、試合の文脈の中に身を置く能力という点でもです。

 私は毎日あまりにも集中して激しくトレーニングに取り組んでいたがゆえに、数多くの故障を経験しなければならなかった。今の若い選手たちには決して勧められないやり方です。しかし当時の私は、知識においてもスタッフとの関係性においても、今とは異なっていました」


―― フランコ・バレージというレジェンドと毎日競わなければならないという状況は、あなたにとってどれだけ難しいものでしたか。プロフットボーラーなら誰でも、自分こそが一番だと信じてトレーニングに励むものなのでしょうか。それともそれが脇役であったとしても、自らが置かれた立場を黙って受け容れるのでしょうか。

「私は、最初はバレージ、その後にはコスタクルタが、監督の序列において自分よりも上だという現実を受けいれていました。しかし同時に、監督に対して日々、そのすでに固まった序列とは違う選択肢もあると示すことができると信じていました。監督の選択に同意できなかったこともありましたが、それを主張することはなかった。逆にそれを新たなモチベーションを見出し、より強い気持ちでトレーニングに取り組むための機会と捉えてきました。バレージとコスタクルタが累積警告で出場できなかったアテネでの決勝を前に、カペッロ監督がライカールトを最終ラインで試そうとした時にも、私は心を折らなかった」


―― ダビデ・ニコラ(前クロトーネ監督)は私たちUUとのインタビューで、トップクラブで長い年月を過ごした、常に出場機会に備え必要とあらば異なるポジションでもこなすようなプレーヤーを、監督として高く評価していると語っていました。あなたも監督からその種の信頼を感じていましたか。その信頼はモチベーションを保つのに十分なものでしたか。

「私はずっと、サッキとカペッロから信頼されていると思っていました。毎日全力でトレーニングに取り組み、謙虚な姿勢を保つことが、監督の信頼と評価を得るためには重要だと考えていたのです。

 それと異なる状況に身を置いたのは、ブレシアにおいてだけでした。ミランから移籍したレッジャーナはすでに困難な状況にあって、1年でセリエBに降格してしまいました。私は引退する前にもう一度、自分の力でセリエAの舞台を勝ち取りたいと考えてブレシアへの移籍を選びました。移籍2年目にネド・ソネッティの下でA昇格を勝ち取った後、新監督としてやってきたカルロ・マッツォーネは、私を戦力として計算していないと伝えてきました。実際最初の2カ月は、練習試合ですらまったく考慮に入れてもらえなかった。しかしそれでもトレーニングを続け、秋になって故障で下がったボネーラの替わりに交代で入った。マッツォーネはそこでやっと私の価値を認めてくれ、このシーズンはそのままレギュラーとしてプレーしました。最初の困難を乗り越えた後、マッツォーネとは何の問題も起きなかった」


―― ブレシアの後にはイングランド2部のワトフォードに移籍し、その後セリエC2(4部リーグ)のプロ・セストに戻って41歳までプレーしました。現役をこれだけ長く続けた理由、とりわけイングランドの舞台を経験した後でも引退しなかった理由はどこにあったのでしょう。

「ワトフォードに入ったのは夢を実現するためでした。私はずっとイングランドのサッカー、あのスタジアムの空気に憧れていました。移籍そのものは偶然がもたらしたものでした。当時ワトフォードの監督だったビアッリのスタッフ、ニコラ・カリーコラが、ブレシアでチームメイトだったFWイグリ・ターレについて話を聞かせてくれと、電話をしてきたのです。CFだけでなくCBも探しているというので、半分冗談で私自身を売り込みました。それから数日後に今度はビアッリから、イングランドに来る気はあるかと電話がかかってきたんです。結果という観点からは残念な1年でしたが(24チーム中14位)、それ以外のすべては素晴らしい経験でした。土曜日と火曜日に試合があったので、日曜日はプレミアリーグの試合を見に行くことができましたし。

 イタリアに戻った時には引退するつもりだったのですが、プロ・セストの監督だったミラン時代のチームメイト、ステファノ・エラーニオが何度も電話をしてきて、最終的には説得された格好になりました。前年の終わりに鎖骨を骨折していたので、最初の数カ月は苦しみましたが、コンディションが戻ってからはプレーを楽しむことができました。サッカーとは関係のない個人的な事情で引退を余儀なくされなければ、もっとプレーを続けていたと思います」


―― MotoGPレーサーのバレンティーノ・ロッシは引退への恐怖を口にしています。フランチェスコ・トッティも引退する時に「怖い」と言っていました。あなたは引退にどのように備え、サッカーのない最初の1日をどのように送りましたか。

「ごく普通に過ごしましたよ。現役最後の年にUEFA-Bの監督ライセンスを取っていましたが、すぐに監督として仕事を始めるつもりはなかった。というより、サッカーとは関係のない世界を経験したいと思っていました。しかし7、8カ月もするとサッカーへの強いノスタルジーを感じるようになった。ちょうどその頃、ミランがプリマベーラのアシスタントコーチを探していたので、SDのアリエド・ブライダの要望に応える形でミラネッロに戻り、シーズン途中から監督だったバレージをサポートしました。そのポストで2年を過ごし、その後の2年をプリマベーラの責任者として過ごしました。08-09シーズンに、アンチェロッティのスタッフだったコスタクルタが監督として当時セリエBのマントバに行く決心をしたことで、その後釜としてトップチームのスタッフに入り1年を過ごした後、2009年夏から、育成部門の総責任者を務めています」


―― 今後のキャリアについてはどんな見通しを持っていますか。

「ミランとの契約は7月1日に満了します。私のスタッフたちとはとても深く結びついているので、ミランで共に開発したメソッドを彼らと一緒に別の場所でさらに発展させていければと思っています。私の育成ディレクターとしての成長は彼らに負うところが大きい。彼らと一緒に経験を重ね、育成に関するフィロソフィを深めてきました。その価値はミランで達成した目標が証明してくれています」


Photos: Getty Images
Analysis: Alfredo Giacobbe
Translation: Michio Katnao

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フィリッポ・ガッリミラン

Profile

ウルティモ ウオモ

ダニエーレ・マヌシアとティモシー・スモールの2人が共同で創設したイタリア発のまったく新しいWEBマガジン。長文の分析・考察が中心で、テクニカルで専門的な世界と文学的にスポーツを語る世界を一つに統合することを目指す。従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で新たなファン層を開拓し、イタリア国内で高い評価を得ている。媒体名のウルティモ・ウオモは「最後の1人=オフサイドラインの基準となるDF」を意味する。