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ミランの育成責任者ガッリに聞く、名門アカデミー再生へのメソッド

2018.08.30

育成部門ディレクター(総責任者)フィリッポ・ガッリ インタビュー 前編


かつて育成軽視と言われたミランから今、ドンナルンマを筆頭に生え抜きのタレントが続々と輩出されている。すべての年代を通じて一つのプレーコンセプト、トレーニングメソッドを共有し、ボールポゼッションに基盤を置いたポジショナルプレーを採用する改革を主導したのが、2009年から育成部門ディレクター(総責任者)を務めたフィリッポ・ガッリだ。イタリアのWEBマガジン『ウルティモ・ウオモ』が収録した金言いっぱいのインタビュー(5月10日公開)を特別掲載。


 フィリッポ・ガッリはミランの歴史の一部をなしている。プレーヤーとしては、80年代から90年代にかけて最終ラインを支える大黒柱だった。1983年から1996年までミランの一員として、CL優勝3回を含む17のトロフィーを獲得している。

 選手としてのキャリアを終えた後ミランのフロントに入り、2009年からは育成部門ディレクターを務めてきた(契約は2018年6月末で満了)。彼の下でスタッフを務めていたステファノ・バルディーニとミケーレ・カバッリは、3年前にユベントスに引き抜かれている。私はミラノに赴いてガッリに会い、ミラン育成部門での経験について話を聞いた。

 最初の質問は、我われがミランについて抱いてきた、育成部門から引き上げたタレントを成長させるよりも、すでにでき上がった選手を買ってくることを好むクラブというイメージ、そして今日はそれと裏腹にドンナルンマ、カラブリア、ロカテッリ、クトローネという生え抜きを輩出しているという事実についてだった。


── 私たちが抱いていたイメージが誤っていたのでしょうか? それとも、ほとんど同じ世代から次々とタレントが生まれたのは単なる偶然だったのでしょうか?

「近年のミランのスカウティングポリシーが、ある種の仕事を難しくするものだったことは事実です。その点であなたの印象は完全に間違っていたわけではありません。2012年から昨年まで、クラブはU-15からU-19までのスカウティングを行わないという方針を採ってきました。この決断は一つの合理的な考え方に基づいて下されたものです。より低い年齢層でいったんメンバーを固めたら、そこからプリマベーラ(U-19)に入るまでは彼らを成長させることに集中すべきだ、というのがそれです。

 このポリシーは私たちに、育成プロセスについての一つのメソッドを確立する機会を与えてくれました。彼ら一人ひとりをプロの世界(ミランのトップチームがその代表です)で通用する選手に育てるという目的に最適化する形で、トレーニングの仕組みを見直したのです。

 あなたが今、名前を出した選手たちはすべて、1996年から99年までの間に生まれています。彼らがトップチームへの道を見出したのは、このポリシーのおかげだったと言えるでしょう。さらに名前を挙げるならば、ビード、フェリチョーリ、ザネッラート、クロチャータといった選手たちも、トップレベルの舞台を目指す準備ができていますよ」

【ACミラン育成部門】マヌエル(ロカテッリ)、パトリック(クトローネ)、ダビデ(カラブリア)、エマ(トラージ)、そしてジージョ(ドンナルンマ)。君たちは我らの誇りだ!


ミランの統合的メソッドとは

Il metodo integrato del Milan

── 去る2月8日の『コリエーレ・デッロ・スポルト』紙のインタビューであなたは、クラブのすべてのセクションが育成年代プレーヤーの成長に参画するという、統合的メソッドについて触れていましたよね。ミランが採用している統合的メソッドのアイディアはどこから来ているのでしょう?

「サッカーのトレーニングに関しては、いくつかの考え方があります。ある文献によれば、一人のプレーヤーを『技術/戦術』『フィジカル/アスレティック』『感情』『メンタル』といった領域に分割し、それぞれを個別にトレーニングすることによって、結果的にベストのパフォーマンスを引き出すことができるとされています。

 また別の研究は、一人のプレーヤーは一つの全体であり、異なる領域に分割してそれらを個別にトレーニングすることは不可能だとしています。我われが育成メソッドを見直す上で採用したのはこの考え方です。一人のプレーヤーを構成するすべての部分は渾然一体としており不可分だということですね。統合的メソッドという言葉を使っているのもそれゆえです。私たちが最も重視するのは技術的効用、すなわち選手がゲームを運ぶ上での効用です。これを高める上ではボールを使ったトレーニングが有効です。私たちは常に技術にフォーカスを合わせており、残るすべての側面はその二次的な結果だと考えています。

 一人の選手に当てはまることは、スタッフというユニットにも同じように当てはまります。すべての部分が一体不可分なのだとすれば、それぞれの専門分野のエキスパートである我われのスタッフが、相互に連携し、意見を交換し合いながら一体的に機能しないということは考えられません。すべてを動かしているのがサッカーというゲームである以上、全員がこのゲームを理解しその上で発言権を持たなければならない。我われが育成部門の全スタッフを対象に、サッカーについての知識を高めるためにビデオ分析を使った講習を行っているのもそれが理由です」


── すべてのスタッフが育成のプロセスにアクティブに参画しているということですね。

「全員がサッカーについて意見を述べることを許されています。例えば心理学者は、我われが練習や試合の中で選手に対して、彼らの成長を促すために要求している内容を理解していなければなりません。同じことはフィジカルコーチについても当てはまります。

 私たちは内部だけで自己完結しているわけではありません。外部のエキスパートに対しても、彼らの知識と経験を共有してくれるよう求めています。スタッフの講習では、サッカー以外の話題も取り上げますし、私たちの考え方が正しいと言い募ることもしません。異なる意見に耳を傾けそれを取り入れれば、我われの考え方を向上させることができます。目的はあくまで若い選手たちの成長であり、そのためのメソッドは時々刻々と進化すべきものです」


── 育成部門各チームの戦術的アイデンティティは誰が決めているのですか?

「戦術的アイデンティティは、統括グループ内のディスカッションによって生まれます。構成メンバーは、育成部門総責任者の私、テクニカルコーディネーターのエディ・ザノーリ、フィジカル/アスレティック部門責任者のドメニコ・ガウティエーリです。私自身の成長も彼らに多くを負っています。

 ボールポゼッションによるゲーム支配が最も豊かなトレーニングになるというのが、我われの考え方です。ポジショナルプレーを採用しているのは、個々の選手がより高い頻度でボールに触ることができ、その結果として判断の機会がより多く与えられるからです。メソッドについての我われの考え方は、真の学習の機会はゲームという現実の中にしかないというものです。壁に向かって100回ボールを蹴らせるというやり方もありますが、その100回のボールタッチから、試合の中で直面する複雑な状況を解決する方法は何一つ学べないことは明らかです。技術というものは、それが使われるシチュエーションの中に置かれなければ、何の意味も持ち得ません。

 私たちのメソッドは、段階的に築かれてきたものです。バルセロナもアヤックスもコピーしてはいません。ピッチ上で試行錯誤を繰り返し、何年にもわたって継続的な修正と改善を積み上げてきました。このアプローチは私の未来の仕事においても変わらないでしょう」


── アヤックスについて言うと、トップチームが異なる戦術コンセプトに取り組むというのは矛盾だとは思いませんか? それとも、我われがオランダ式のメソッドを理想化し過ぎているのでしょうか?

「あるクラブに招へいされた監督が、自分のメソッドをチームに持ち込むことを認められたと考えるのは、ある意味で当然だと思います。もちろん、育成部門の成果を生かすことができる監督を招へいした方がいいことは言うまでもありません。というよりも、育成部門で育った監督をトップに引き上げられれば理想的でしょうね(注:レッドブル・ザルツブルクはこの方法でELベスト4まで到達した)。

 ただし私も私のスタッフたちも、ここで行っている仕事は育成という観点から見てトータルなものであり、選手たちはあらゆるタイプの戦術的要求に応えられると考えています。例えば、ボールポゼッションのトレーニングに多くを割いたからといって、守備の能力が鍛えられないわけではありません。むしろ、ピッチ上で正しいポジションを取ることは、ボールロスト時により良い反応をする土台となります。もしそこでボールを奪回できない場合は、ボールとゴールを結ぶスペースをカバーしながら適切にリトリートする必要があります。そしてそこから組織的守備のフェーズに入るわけです。

 今日、特にトップレベルにおいては『前に出て守る』ことが要求されるようになっています。DFは、高い位置にとどまりながら後方に広がる40mのスペースをカバーしなければならないため、プレー状況を読み取る能力がより高いレベルで要求されています」


── それに関して、育成年代でポジショナルプレーに執着することは、DFのマークの技術向上を妨げる方向に働いている、というジョルジョ・キエッリーニ(ユベントス)のコメントについてどう思いますか? 数年後にはビルドアップに優れる一方、きちんとマークができないDFが数多く生まれることになるのでしょうか? もしそうであるとしたら、それは本当に問題だと思いますか?

「守備のやり方そのものが変わってきたことに注意を払う必要があります。今日のDFには、攻撃を組み立て、サッカーを理解し、プレーメイカーとしても振る舞うことが求められています。前に向かってアグレッシブに守る能力、プレー状況をより的確に読み取り、さらに前進するかそれともリトリートしてスペースを埋めるかを正しく判断する能力を持たなければならない。モダンなDFとして完成されるためには、マークの能力だけでは不十分です。スペース、そして味方と相手が与える基準点に則ってプレーできなければならない。ディフェンスという仕事には、複雑な状況を解読する能力が不可欠になっています。ボール、ゴール、敵、味方という4つの基準点を常に念頭に置いて判断することが求められている。

 一般論として言うと、ピッチに何を持ち込むのかということです。強豪チームでプレーするならば、ゴールラインの20m手前に貼り付いて守ることを考えても意味がない。マークの技術が違いを作り出すのはまさにそのゾーンです。国際舞台で頂点を目指すようなチームでプレーするDFに要求されるのは、もっと違うタイプのプレーです」


── あなたは当時としては優れてテクニカルなDFでした。守備の伝統が失われつつあるという意見についてどう思いますか?

「最近の若いDFは、FWにうまく使われてしまっています。FWがボールをキープしターンするための物理的な支点を提供する結果になっている。私は体格も運動能力も特段優れていませんでしたが、FWの体をうまく利用する術を知っていた。体を寄せて自分の存在を感じさせた後すぐに離れる。そうすることでFWは私がどこにいるか、何を狙っているのかが感じ取れなくなる。それは一種のマインドゲームでした。マークしているFW、あるいはパスを出そうとしているMFが、こちらの狙いを読めないまま先に動かざるを得ない状況を作り出し、それを素早く読み取って逆に先手を打つ。そうすることで、私よりもずっと足の速いFWを逃がさずにマークすることができたのです。また当時はオフサイドにアクティブもパッシブもなく、ラインを上げさえすればオフサイドが取れたので今よりも簡単でした」

パトリック・クトローネ


連携と協働の重要性

L’importanza della collanorazione ed l’associatività

── 育成年代に話を戻しましょう。ミランの育成部門はビスマーラ(ミラノの南郊外にあるトレーニングセンター)にあって、プリマベーラ(U-19)とトップチームだけがミラネッロ(ミラノの北西40kmに位置する)でトレーニングしています。一方、ユベントスは育成部門からトップまですべてがビノーボのトレーニングセンターに集約されている。これは単に経済的な要因による違いなのでしょうか? それともトップチームの近くで毎日を過ごすことは子供たちにとって大きな影響を与えるものなのですか?

「すべてのチームが1カ所に集約されていれば、ロジスティックスの問題がなくなることは確かです。クラブはビスマーラに、必要なすべての施設・設備を整えました。ハイブリッド芝の観客席つきフルピッチ1面、人工芝のフルピッチ3面、7人制のピッチ2面、自然芝のフットサルコート1面。さらに故障からのリハビリに使うためのトレーニングジムも備わっています。

 スポーツ的な観点から言えば、ミラネッロが『勝ち取るべき場所』として存在しているのはいいことだと思います。我われの選手たちにとって、大きなモチベーションを与える目標だからです」


── 純粋なタレントというのは、どのような形で現れるものなのでしょう? 一人の少年を初めて見る時、どこに注目しますか?

「私たちのスカウティングは7歳から始まりますが、この年代の子供の将来的なポテンシャルを見極めるのは簡単ではありません。テクニカルな側面で何か特別なものを持っているかを探すのがスタートでしょうか。ボールタッチやストップ、ボールコントロール、素早い判断。際立って才能のある子供は、ゲームの中で常に中心的な存在になります。それは常にボールを要求するからでもあるし、チームメイトが彼を探すからでもあります。

 私たちの仕事で最も重要なのは、その子のポテンシャルを見極めることです。その中には、サッカー的な観点から周囲と連携する能力も含まれます。これは認知と社会的関係にかかわる側面であり、スペインでは『与益者(パスを出す人あるいはパスを受ける状況を作る人)と受益者(パスを受ける人)の関係』と定義されています。ピッチ上ではそれがスペースの占有という形で表現されるわけですが、彼らはそれを『関係の距離』と呼んでいます。これは、子供たちが成長するプロセスを通して中心的な位置を占めるテーマです。私たちのサッカー観にとって、ゲームの中における連携と協働(コラボレーション)は根本的な重要性を持っています。

 私の経験から言っても、我われが『子供はひとり遊びを好む』という言い方でエゴイズムと結びつけがちな年齢の子供ですら、実際には他の子供と関係を築き協働を始める力を持っているものです。サッカーというチームスポーツのエッセンスもそこにあります」


── 連携と協働の重視は、個人技術を鍛えるというアプローチに対するカウンターメッセージになり得ますか?

「大人のサッカーにおいては、目の前の敵を抜き去る技術的能力の欠如がしばしば話題に上ります。今日のDFはフィジカル的にも戦術的にも極めて良く鍛えられており、テクニックだけを武器に彼らを抜き去ることができるアタッカーは滅多にいないというわけです。シチュエーションをベースとして協働を重視するメソッドは、1対1の排除を想定していません。バスケットボールにおいてと同様、サッカーでも1対1で相手を抜き去るためにはチームメイトの助けが重要な役割を担います。チームメイトの動き一つで守備者の注意力を分散させたり、体の向きを変えさせ、ボールホルダーが突破を仕掛けるタイミングを作り出すのです。

 私たちは、1対1をゲームの文脈と独立した形でトレーニングしても役には立たないと考えています。相手を抜き去るという行為だけに意識を集中させるプレーヤーは、チームメイトを自らのプレーに役立つ存在として認識することも、自らの戦術的判断力を磨くこともできないでしょう。1試合の中で一人のプレーヤーに1対1突破の機会は何度訪れるでしょうか。ほんの数回がいいところです。そしてそれを作り出すのは常にチームなのです。これはほんの小さなことですが、選手たちがそれを理解しているかどうかで、実際のプレーには大きな違いが生まれます。

 一つ例を挙げてみましょう。とても足の速い子供がいて、ボールを持つとすぐに前方に蹴り出し、そのままスタートを切って相手を置き去りにしてしまう。もしゲームの文脈をすべて無視して1対1突破に絶対的な価値を与えれば、私は2つのリスクを冒すことになります。一つは、この子供に自分は最強だと思わせてしまうこと。もう一つは、その力を持たない他の子供にフラストレーションをもたらすこと。このどちらにおいても、プレーヤーとしての成長が停止するとは言わないまでも、スローダウンしてしまう危険が大きいでしょう。私たちが育成年代初期において連携と協働を目的としているのも、まさにそれゆえです。

 ここまでの考察から、私たちが考えるタレント育成のあるべき姿も見えてきます。天から授かった才能を持ちながら、それを成長の過程を通じて発展させるというのがそれです。優れたタレントの持ち主が、それを発揮できるのはチームメイトのおかげだと考えられるならば、彼のタレントをさらに高める感情的、協働的な能力の発達に繋がります」


── プロクラブはスカウティングに多くのリソースを割いています。育成年代でのスカウティングはどのように行われているのでしょう? 一人の子供をどのくらいの期間追うのですか?

「ミランでは昨年、U-20以上、U-16からU-19までという2つのカテゴリーのチーフスカウト職を新設しました。彼らは国外だけを対象とする12人のスカウトによるグループを統括しています。加えて、U-15以下のイタリア全国担当、同じ年代のロンバルディア州専任担当という2人のチーフスカウトがいます。地元ロンバルディア州ではインテル、アタランタ、ブレシア、ノバーラと厳しい競合関係に置かれています。おそらく国内に関しては、U-16からU-18までの年代もスカウティングを強化して、遅咲きのタレントを発掘する体制を作った方がいいのかもしれません。

 ワークフローとしては、まず育成部門のテクニカルコーディネーターが、各年代のチームにおいて必要とされている選手のタイプをスカウトのグループに伝え、スカウトはそこから一つのポストについて3人ずつの候補をリストアップします。私たちはスカウトたちの“嗅覚”を信頼しています。個々のポジションについてロールモデルとなり得る複数の偉大なプレーヤーのプロフィールをまとめ、それをスカウティングの基準としています。柔軟性のあるアプローチを用いれば、あらゆるタイプのタレントを発見できると考えているからです。私たちが探すのは“ミランにふさわしい”プレーヤー、つまりミランのようなトップクラブ、そうでなくとも5大リーグのクラブでレギュラーとして通用するようなプレーヤーです」


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Photos: Getty Images
Analysis: Alfredo Giacobbe
Translation: Michio Katano

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フィリッポ・ガッリミラン

Profile

ウルティモ ウオモ

ダニエレ・マヌシアとティモシー・スモールの2人が共同で創設したイタリア発のまったく新しいWEBマガジン。長文の分析・考察が中心で、テクニカルで専門的な世界と文学的にスポーツを語る世界を一つに統合することを目指す。従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で新たなファン層を開拓し、イタリア国内で高い評価を得ている。媒体名のウルティモ・ウオモは「最後の1人=オフサイドラインの基準となるDF」を意味する。

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