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W杯は始まり。モスクワが踏み出す真の“サッカー都市”への第一歩

2018.07.31

画面越しには伝わらないワールドカップの風景 モスクワ編


オリンピックと並び世界最大級の国際スポーツイベントであるワールドカップは、普段はなかなか触れる機会がない開催国の素顔を知ることができる格好の機会でもある。特にロシアは、日本人にとって未知な部分も多い国だ。果たして、現地ではどのようにサッカーの祭典と向き合っていたのか。

今回、約2週間にわたり現地に滞在し各地を取材、発売中の『footballista FIFA WORLD CUP RUSSIA 2018 Review ロシアワールドカップ総集編』にも開催国についてのコラムを寄稿している篠崎直也さんが綴る、誌面には書き切れなかった首都モスクワの風景。


 サンクトペテルブルクからモスクワへ。ロシアを代表するこの2大都市間には2009年から「サプサン(ハヤブサ)」と呼ばれる高速列車が走っている。4時間ほどで行き来できるため、自国の試合がなくても観光がてら両都市を訪れるサポーターが目についた。モスクワを経由して各開催都市へ向かうケースも多いため、この街では様々な国の人々に出会うことができる。

 街の中心へ向かう途中、建設中の大きなスタジアムが目に入ってきた。この年末にディナモ・モスクワの本拠地としてオープンする予定の「ディナモ中央スタジアム」である。モスクワにはディナモ、スパルタク、ロコモティフ、CSKAと国内リーグのトップクラブが4つもある。ロコモティフは02年に現代的なスタジアムの先駆けとなる「RZDアレナ」を建設し、2年前にはCSKAの「VEBアレナ」が完成。今大会の会場となったルジニキ・スタジアムとスパルタク・スタジアムを合わせると、ワールドカップが開催できそうなスタジアムが5つもそろう。インフラ面だけを取れば世界的な‟サッカー都市”と言えるだろう。

建設中の「ディナモ中央スタジアム」

 しかし、人口1200万人を超える世界でも屈指の巨大都市では、地元クラブの多さが逆に一体感を失わせているのか、サッカー熱はあまり実感できない。多くの人々が日常的に往来する大通りを中心として大会関連施設がコンパクトに集中していた他の開催都市とは違い、モスクワはとにかく広い。地下鉄も道路も桁違いに広く、どこに行くにも歩かされるため、当初は各国サポーターも集りどころが絞れずにいたのだ。しかし、赤の広場からほど近いニコリスカヤ通りという意外な場所が口コミで広まり、サポーターの溜まり場となった。この通りに面したカフェの店員アレクセイは「隣のバーではこっそりと料理を値上げしていたね。お客が多過ぎて、残業の毎日だよ。でも、ひどい酔っ払いはいないし、みんなフレンドリーだ。自分もこの大会を待ち望んでいたからうれしいね」と思わぬ好景気にうれしい悲鳴をあげていた。

 一方、「公式」のファンフェスト会場は都会の喧騒からはやや離れた「ヴォロビヨーヴィ・ゴールィ(雀が丘)」に設置された。7つの巨大スクリーンがあり、約10万人を収容できる公園は野外音楽フェスティバルのような雰囲気である。裏手にはスターリン様式建築の傑作であるモスクワ大学がそびえ立つ。実はちょうど大学の試験時期に重なっていたため、学生からは騒音や交通規制に対する抗議運動が起こったりもしたのだが、ロシアの快進撃を受けて代表の応援に回る者が大半を占めた。

 ファンフェストやスタジアムではスポンサー企業の商品のみが厳しく管理されて販売されていたため、お土産の物産店で各地の特色が見られる程度だった。そんな中で、サポーターにとってのコレクションアイテムとなっていたのがビールやドリンクのご当地カップである。都市ごとに異なる動物のキャラクターが描かれたカップや、試合日時と対戦国が刻まれたカップを1m以上も積み上げて歩くサポーターもいて、大会を彩る光景となっていた。

SNSでも話題となったご当地カップ。こちらはモスクワとサンクトペテルブルクのもの


実は盛り上がっていた芸術とのコラボ

 ワールドカップでは大会に関連した文化プログラムもあり、各都市で1000以上ものイベントが開催された。街中の至るところに小さなサッカー場が出現し、子供たちがボールを蹴る姿が見られ、芸術の国ロシアらしくその側には豪華な劇場や美術館が並んでいた。サッカーと直接関連した企画が多かったのは美術館で、特にモスクワでは多様な展覧会を見ることができた。路上や広場では南米やアフリカのサポーターが圧倒的に目立っていたが、美術館ではフランスやデンマークなどヨーロッパのファンしか目にしなかったのも地域柄を反映していて面白い。

 現地ではソ連時代の博覧会会場である「BDNH」で開催されていた「ボールは丸い、ピッチは平ら」展が注目されていた。ソ連・ロシアのサッカー史を秀逸なアートワークでまとめたもので、歴代コメンテーターの名言・迷言もまとめられている。例えば、ソ連時代の解説者コテ・マハラーゼの「ボールが左に行きました。ボールなら許されますが」というコメントにロシアの人々は爆笑。ロシア語で「左に行く」は「浮気をする」という意味があり、いわゆる言葉遊びだ。残念ながらこの展覧会はロシア語のみの展示で、このように翻訳不可能な味のあるコメントを眺めていると、グローバルなスポーツでありながら知り得ない、または伝えるのが困難な各国の文化が存在することにサッカーの奥深さを感じずにはいられない。

現地で話題となった「ボールは丸い、ピッチは平ら」展の様子

 新トレチャコフ美術館やプーシキン美術館などの国立美術館ではサッカーやスポーツをモチーフにしたソ連時代や現代の絵画・写真を見ることができた。現在ロシアでは20世紀文化の見直しと再利用がブームとなっていて、サッカーにおいてもレフ・ヤシンの大会ポスターに代表されるようにレトロなデザインが広告やポスターなどで取り入れられている。「サッカーの国ではない」と国内外からささやかれていたロシアにおいてこのスポーツが多くの芸術家に、そして人々に愛され、独自の豊かな歴史を育んできたことがよくわかる。

 今大会、国民に大会の熱狂ぶりを最も印象づけた写真もロシアならではのものだ。モスクワ・ボリショイ劇場のダンサーたちがバレエ「ライモンダ」の上演中に、舞台袖でその時間に行われていたロシア対スペイン戦を注視している一枚である。観客もまた舞台に目を配りながら、膝元の携帯電話で試合の様子をうかがっていて、勝利の瞬間には思わず歓声が上がった。

上演の合間に、スマホでロシアの試合に見入るダンサーたち

 前述のファンフェスト会場では、ロシア代表が勝ち進むにつれてファンが押し寄せるようになり、ついに入場規制が敷かれることに。道路の閉鎖によって日常生活に支障が出た市民もいたが、「ロシアも勝っているし、今回は仕方がない」と不便も受け入れていた。ロシアが早々に敗退していたら、国民の大会に対する反応も異なっていたかも知れず、やはりワールドカップは開催国の活躍が重要なのだ。

 クロアチアにPK戦の末に敗れ、ロシアはベスト8で大会を去ることになったが、ファンからは「スパシーバ(ありがとう)」や「マラツィ(よくやった)」の声援が相次いだ。敗退翌日にモスクワのファンフェストを訪れ、大観衆の前に姿を見せた代表チームは毎試合後にも掲げていた「みなさんのために戦っています」と書かれた横断幕を持ち、感謝の意を表していた。

 司会者は今大会のヒーローを次々とマイクの前に呼び出す。ブラジル出身のDFマリオ・フェルナンデスは通訳を伴いながらポルトガル語訛りで「スパシーバ、ルシア」とひと言。両親はロシア人ながらスペインで育ち、本人も「メンタルはスペイン人」というMFチェリシェフはロシア語でメッセージを送るものの、アクセントに癖がある。言葉の問題のせいかこれまで今一つ代表に馴染めずにいた両選手。今大会で突然の活躍を見せ、ようやくチームに溶け込んだ2人の存在は、ロシア代表の団結の象徴だろう。

準々決勝クロアチア戦で先制のスーパーミドルを突き刺したチェリシェフ(右)と、延長後半にPK戦へと持ち込む同点ゴールを決めたM.フェルナンデス。試合後には抱擁を交わし健闘を称え合った(Photos: Getty Images)

 この様子を中継していた『マッチTV』の司会者は、「集まっている人々の半数が子供や女性です!」と興奮気味に叫んでいた。もうロシアの国民は代表を応援することの楽しさや、サッカーの魅力を知ってしまったのだ。ルジニキ・スタジアムはロシア代表の本拠地としてこれからも使用されていく。この熱狂は今後も続いていくだろう。ようやくモスクワは真の‟サッカー都市”となっていくのかもしれない。

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Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。