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W杯前にもっと開催国がわかる! サッカーにまつわるロシア語講座

2018.06.11

フットボール・ヤルマルカ


 ロシアにサッカーが伝わったのは19世紀後半、先進工業国イギリスからやって来た技師たちによってもたらされ、国内初の公式戦は1897年に開催されている。ソ連時代になると労働者の生産力と生活向上のために政府がスポーツ振興を進め、サッカーはアイスホッケーと並んで最も人気のある競技となった。100年以上の歴史を経てきたサッカーは大きな文化として人々の暮らしに根づき、それは独自に生まれた様々なサッカー用語からも感じることができる。今回はその中からユニークなものを少し紹介しよう。

 「イエローカード」はそのまま訳されることが一般的だが、他に「ゴルチーチニク(からしの湿布)」という表現もある。ロシアでは風邪を引いた時に布にからしを塗ったものを胸などに貼って温める民間療法があり、現在はそれが製品化されて万能的な湿布として広まっている。色と形状が似ていることがその由来だ。

 0-0の引き分けは「乾いた試合」と呼ばれる。それに関連して、GKが無失点で試合を終えることを「スハーリ(乾パン、ラスク)」と言い、さらに試合中にPKを止めていた場合は「レーズン入りの乾パン」となる。レーズンが入っているとお得な気がする、というロシア人の嗜好が反映されていて面白い。

蔑称に見る文化

 サポーター同士がお互いを罵り合って呼ぶ表現は、シンプルだが強烈なものが多い。ロシアでは賄賂や怠惰なイメージから警官を蔑んで「ムーソル(ゴミ)」と呼ぶ歴史があり、警察が母体となって創設されたディナモ・モスクワのサポーターの蔑称も「メンティ(ポリ公)」や「ゴミ」となる。ロシア鉄道のチームであるロコモティフ・モスクワは時代遅れの「パラボーズ(蒸気機関車)」や「コチェガル(ボイラー焚き)」。ゼニトのサポーターはクラブの援助がなく(ソ連時代は各労働組合から応援資金が支給されていた)、自費で遠征に赴く者たちがボロボロの酷い服を着ていたことから「メシキ(ずた袋)」「ボムジ(ホームレス)」と呼ばれ現在に至る。

上から「ポリ公」「蒸気機関車」「ずた袋」たち

 一方で軍隊のクラブであるCSKAモスクワにはそういった蔑称がなく、軍隊が尊敬されてきたお国柄が見て取れる。

 庶民のクラブであるスパルタク・モスクワはさらに手厳しい。食品業界が母体で特に肉屋が熱心に支援していた成り立ちを持つが、1970年代になると商店では肉が不足がちで、店頭に並んだ場合も質が悪かったことからスパルタクサポーターは「ミャーソ(肉)」と呼ばれだした。そこから多くの国で侮蔑語となっている「スビニヤー(豚)」も加わる。今では自虐的にサポーターが「俺たちは何者だ? 肉だ!」と書かれたTシャツを着るなど、時代の変化を感じさせる。

国内リーグ戦のスタンドで発煙筒を焚く「肉」たち。歴史への自負からか、過激なファンが特に多い

 開幕が迫るロシアW杯でも大会マスコットの「ザビワカ(点取り狼さん)」をはじめ新たな用語が生まれるだろう。それもまた楽しみの一つである。

大会マスコットの「点取り狼さん」


Photos: Getty Images

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FIFAワールドカップロシア文化

Profile

篠崎 直也

1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。

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