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【UU分析】戦術主義より個の解放。アンチェロッティ流のバイエルン

2017.07.19

指揮を執った3年の間に次々と新しい戦術を考案し実践した発明家グアルディオラから、スター選手たちのエゴを掌握しチームへと昇華させるマネージメントでは他の追随を許さないアンチェロッティへ。同じ名将でも対照的なキャラクターを持つ指揮官が就任した昨シーズンのバイエルンは、その戦いぶりを大きく変貌させた。

掲載するコンテンツはどれも長文ばかり、良質かつ深堀りされた分析で注目を集めるイタリアの新興WEBメディア『ウルティモ・ウオモ』の分析レポート(4月3日公開)を特別掲載。来たる新シーズンを前に、昨季のチームのメカニズムをおさらいしておこう。
※本稿内のデータはすべて16-17ブンデスリーガ第26節終了時点

 あり得ない大逆転劇を演じ、舞台の中央でまばゆいスポットライトを浴びたのはバルセロナだった。しかし、16-17シーズンのCLラウンド16で見せた絶対的なパフォーマンスという点において、最も強烈な印象を残したのはメッシとその仲間たちではなかった。2試合続けて5-1というスコアでアーセナルを文字通り叩き潰したバイエルンは、ビッグイアーを狙うライバルたちに決して無視できない強いメッセージを送った。準々決勝の対戦相手に決まったレアル・マドリーのエミリオ・ブトラゲーニョ組織統括ディレクターの「最悪の相手と当たってしまった」というコメントは象徴的だ。

 ブンデスリーガにおいては、もはや語るべきことは何もない。ここまでわずか1敗(5大リーグでは唯一)という結果だけでなく、得点、失点ともにリーグ首位。唯一その足下を脅かし得るかと思われたRBライプツィヒとの勝ち点差も13ポイントまで広がった。DFBポカールで10年連続でベスト8進出というのも、前代未聞の記録だ。ユップ・ハインケスが築きペップ・グアルディオラが引き継いだドイツの覇権を、カルロ・アンチェロッティがさらに強固にしたことに疑いの余地はないだろう。

グアルディオラからアンチェロッティへの「トランジション」

La transizione da Guardiola ad Ancelotti

 バイエルンに対する周囲の期待値は極めて高い。グアルディオラの3年間がそうだったように、シーズンの成否はもっぱらCLの結果によって評価されることになるだろう。もしそうだとすると、ここまでの歩みは昨シーズンまでとまったく変わらない繰り返しであり、アンチェロッティが何を変え、このチームのアイデンティティに新たな何かをもたらしたのかを理解するのは簡単ではない。彼がチームに大きなインパクトを与え、前任者とは明らかに違う方向に舵を切ったのは明白であるにもかかわらずだ。

 シーズンの初戦となったドルトムントとのドイツスーパーカップにおいてすでに、バイエルンのプレースタイルに現れた変化は明らかだった。シーズン序盤、アンチェロッティはグアルディオラが好んで使った[4-3-3]を採用したが、スローなリズムで落ち着いて試合をコントロールするというハインケス時代からの特徴は保ちつつも、戦術的な基盤であったフエゴ・デ・ポジシオン(ポジショナルプレー)のコンセプトは引き継がなかった。

アンチェロッティ体制の初陣がスタートして3分も経たないうちから、バイエルンがポジショナルプレーの原則に則っていないことは明らかだった

 しかしこのシーズン初戦、バイエルンは攻撃を組み立てるのに苦労しており、ピッチ上のポジショニングも明らかに効果的ではなかった。攻撃は中央よりもサイドを経由する方がずっと多く、古典的なSBとして振る舞ったラーム、アラバは、中央に絞って中盤をサポートしようとする本能を抑圧しているように見えた。人に基準点を置いたプレッシングのやり方も、明らかにグアルディオラのそれとは異なるものだった。

 週を重ねるにつれて、前任者のように大胆な実験を試みたわけではないにもかかわらず、アンチェロッティは自らのサッカー哲学に合わせた調整をチームに加え、バイエルンを自分の色に染めていった。

 イタリア、イングランド、フランス、スペインでタイトルを勝ち獲ったアンチェロッティほどの監督であっても、ドイツサッカーがもたらす困難に直面しないわけにはいかなかった。優勝を逃した2006年のW杯ドイツ大会を受けての抜本的な刷新は、ブンデスリーガの戦術レベルをヨーロッパのトップレベルまで引き上げた。クロップ、ロジャー・シュミット、トゥヘルはヨーロッパでもトップレベルの監督として認められており、グアルディオラの参戦はブンデスリーガで戦うチームのサッカーに深い影響を及ぼした。

 グアルディオラがバイエルンを率いた3年間の重要性は、おそらく過小評価されている。CLを制覇できなかったことに目が行って、見過ごされてしまったのかもしれない。グアルディオラが毎週のように打ち出した新機軸は、対戦する監督たちをコンフォートゾーンから引きずり出し、新たな対応策を見出すための学習を強いた。

 それゆえアンチェロッティも、思った以上に複雑な状況に直面しなければならなかった。皮肉な話だが、ブンデスリーガで対戦したチームの多くは、アーセナルよりもずっとややこしい相手だったのだ。

 アンチェロッティが導入した最も明白な構造的変化は、組み立てのフェーズにおけるチーム全体の布陣だ。グアルディオラは[4-3-3]からスタートして、最後期には一種の[2-3-5](最終ラインを3バックにした時には[3-2-5])という布陣を採用していた。[2-3-5]においては、両SBが内に絞ってアンカー/レジスタ(通常はシャビ・アロンソ)の両脇を固めるポジションを取り、事実上のインサイドMFとして振る舞い、本来のインサイドMFはCFのすぐ背後までポジションを上げていた。それに合わせて左右のウイングはワイドに開いた高いポジションを取り、この「逆ピラミッドシステム」に幅をもたらす役割を担った。

[2-3-5]に布陣したグアルディオラ最後期のバイエルン(Photo: The Tactical Room)

 アンチェロッティは、[4-3-3]の基本システムを継承しながら、大半の選手のタスクを変化させた。組み立てのフェーズにおいてシャビ・アロンソ(あるいはチアゴ・アルカンタラ)は2CBのすぐ前に位置を取り、左右のSBは大きく開いてできるだけ高い位置にポジションを取る。それに合わせてインサイドMFは自陣のハーフスペースを埋める。SBの方がインサイドMFより高い位置取りになることも珍しくない。

アトレティコ・マドリーとのアウェイ戦に見る、アンチェロッティが導入した新たな[4-3-3]の布陣。シャビ・アロンソは2CBの前まで下がり、ラームとアラバはワイドに開いてポジションを上げる。チアゴとビダルは自陣のハーフスペースを埋めている

 この布陣は、シャビ・アロンソがしばしばタイトなマンマークを受ける状況にあっても、すぐにインサイドMFがパスを受けることで、安定したポゼッションを約束する。グアルディオラの時代は、すべてのビルドアップにおいてCBが起点としての重要な役割を担い、より高い頻度でボールに触れていた。それと比較した時に最もわかりやすい変化がこれだ。

 自陣のハーフスペースにポジションを取ったインサイドMFは、そこからさらに外に開いてパスを引き出すことで、前方に進出したSBにそこから素早くパスを送り込もうとする。通常、逆サイドのインサイドMFは、2ライン間にパスコースを作り出すために前進し、より攻撃的な役割を担っていく(チアゴとビダルが組んだ場合は後者、レナト・サンシェスがビダルかキミッヒと組んだ場合は前者がそれを担うことが多い)。

 グアルディオラの[2-3-5]とは対照的に、左右のウイングはCFの近くまで絞り、SBやインサイドMFからのパスをハーフスペースに引き出す役割を担う。

アンチェロッティは左右のウイングをよりCFに近いところでプレーさせている。この画像ではロッベンとドウグラス・コスタがハーフスペースにポジションを取っている

[4-3-3]の困難

Le difficoltà del 4-3-3

 しかしこの[4-3-3]は、以前のようにクリーンな戦術メカニズムを常に機能させることができなかった。サイドでプレーすることの難しさは、バイエルンのように質の高いチームなら乗り越えられる種類の困難なので脇に置くとしても、自陣で守りを固めた敵を崩して決定機を作り出そうとするところでは、大きな問題を抱えることが少なくなかった。内に絞ったウイングはしばしば敵MFの背後に隠れてパスコースを提供できず、かといって敵の先手を取れるタイミングとスピードでSBにボールを送り込むのは簡単なことではなかった。

 より一般化するならば、攻撃の異なるフェーズにおいて、ボールの位置と味方の位置に応じてどう振る舞うべきかという明確なメカニズムが確立されていないために、バイエルンは十分に機能的かつ連係の取れた戦術的ダイナミズムを発揮できず、正しい距離感が失われたり、強引なコンビネーションに訴えたりする場面も少なくなかった、ということになるだろうか。後方からのビルドアップも、アトレティコやホッフェンハイムのような激しいハイプレスを前にすると、昨シーズンのようにスムーズには行かなくなった。

 [4-3-3]では、インサイドMFからの出しどころが見つからずにボールの循環が滞って、横パスに逃げざるを得なくなるような状況があまりにも頻繁に見られた。もしそこでサイドチェンジに成功すれば、その受け手が昨シーズンのようにウイングではなく、攻撃力で劣るSBであるにしても、効果的な武器になることに変わりはなかった。しかし、良く組織された、あるいは最終ラインに5、6人を並べたディフェンスが相手だと、それを成功させるのもまったく簡単ではなかった。さらに、SBがこれだけ高い位置まで張り出すと、サイドの守備が手薄になることは避けられず、しばしばカウンターアタックのスペースを与えることにもなった。

 またプレッシングを行う時、受けた時にも、バイエルンはいくつかの問題を抱えた。左右のウイングはしばしば非対称的な特徴や機能を持っており、それが時にトランジション時の布陣に偏りを生み出してゲーゲンプレッシングが効果的に機能しないという問題に繋がっていた。とはいえ、アンチェロッティはアリーゴ・サッキ言うところの「全時間、全ピッチ」でのプレッシングを採用せず、時間帯や状況によってはプレッシングよりも自陣に引いて中央のゾーンを固めるやり方を選んでいることは注記しておく必要がある。

 それは必ずしもネガティブなことではない。バイエルンは、失ったボールをすぐに奪回しようと焦ることなく、落ち着いて自陣を守る能力も備えていることを示したのだから。しかし、CLアーセナル戦で見せたように、相手にカウンターアタックの隙を与えることなく自らが試合をコントロールすると決めた時には、バイエルンは今なお極めて強力なプレッシングとゲーゲンプレッシングを冷酷に遂行できる。

 今シーズンここまでわずか3敗という結果を見れば、シーズン序盤に直面したここまで見てきたような問題点も、バイエルンの歩みに大きな影響を与えるほど重大なものではなかったと言える。しかし一つひとつの試合から受ける印象は、バイエルンは戦術的な優位性によってではなく、むしろ個のクオリティに依存した戦力的な優位性によって勝ち点をもぎ取っているというものだったことも否定できない。

[4-2-3-1]への移行とチアゴの新たな中心性

Il passaggio al 4-2-3-1 e la nuova centralità di Thiago

類稀なゲームメイク能力でチームの心臓となっていたチアゴ。シャビ・アロンソ(右奥)が引退して迎える新シーズン、その役割はますます重要度を増すに違いない

 試合を重ねても繰り返されるいくつかの問題に直面したアンチェロッティは、昨年の終わりから[4-2-3-1]という新しいシステムを導入する。リュックルンデ(後半戦)がスタートして以降は、完全にこれがバイエルンの基本システムとなった。このシステムを初めて採用した12月1日の第13節マインツ戦(1-3)ですでに、選手間の連係は明らかに改善されているように見えた。例えば、前半戦のほとんどを右ウイングとしてプレーしてきたミュラーは、トップ下に入った途端、ロッベンが中に入ってくるスペースを作り出し敵の5バックを混乱に陥れる理想的なパートナーとして機能し、左サイドで前を向いたリベリにも効果的なサポートを提供するようになった。

 しかしミュラーのポジションは、試合を重ねる中で無視できない問題を生み出した。[4-2-3-1]において、2人のセントラルMFのうち、組み立ての初期段階で2CBの間に落ちて3人の最終ラインを形成する役割を担うのはシャビ・アロンソだった。両SBはともに高い位置取りをするため、この場合に中盤で最終ラインと前線を繋ぐ役割を果たすのは、もう一人のセントラルMFビダルだけになってしまう。決してゲームメイカーとしての能力が優れているわけではないにもかかわらずだ。それをサポートすべき立場にあるのはトップ下だが、ミュラーは「ラウムドイター」(スペースへの侵入者)という異名が示すように、中盤に下がってビルドアップをサポートするよりも、危険な状況を作り出せるスペースを見つけてそこに入って行こうという習性の持ち主だ。

 この問題に直面したアンチェロッティは、バイエルンの今シーズンを決定的に左右するかもしれないソリューションを発案する。アンドレア・ピルロをトップ下からアンカー/レジスタへとコンバートし、アンヘル・ディ・マリアをウイングからインサイドMFへと変身させた指揮官は、今度はチアゴをトップ下へ上げたのだ。ラ・マシアで育ったスペイン人は比類のないフットボールインテリジェンスの持ち主であり、チームのメカニズムの中でいかに機能するかを常に考える彼のプレーは、周囲のチームメイトにも影響を及ぼさずにはいない。たった1人でチームの構造に秩序を与え、その機能性を高める。これはあまりにも過小評価されがちな、彼の最大の長所だ。

 ポジショナルプレーという基本骨格を失ったバイエルンは、こういうタイプのプレーヤーを切実に必要としていた。ミュラーとは逆に、アンチェロッティの[4-2-3-1]でトップ下を務めるには最適な戦術的特性の持ち主であるというだけでなく、チアゴは適切な緩急のコントロールやタイミングの感覚によって、バイエルンのアタッカーたちが備える高い個人能力を引き出す戦術的文脈を提供する能力をも備えているからだ。

 グアルディオラのプレー原則を捨てたことは、バイエルンの戦術的な側面を弱体化させたが、持てるタレントを最も発揮できる文脈に個々のプレーヤーを置くことにより、彼らが戦術メカニズムの遂行を通してではなく個人能力の自由な発露を通して、目の前の様々な状況を打開できるバランスを作り出した。おそらくこれこそが、アンチェロッティが理想とするチームのあり方だ。

 この状況は、グアルディオラが去った後のバルセロナと似たところがある。ルイス・エンリケは段階的にフエゴ・デ・ポジシオンを放棄して、3人のアタッカーの強大なポテンシャルを解き放った。2015年の1年間にバルセロナが挙げた得点は180。そのうち137ゴールはMSNによるものだ。

 バイエルンは今、試合のタイプや相手に応じて適切な戦い方を選択する可能性を手にしている。自ら試合をコントロールすべき状況に置かれることが多いブンデスリーガでは、新しいシステムが必ずしもそれに向いていないにしても、グアルディオラ的なアプローチで主導権を握って戦う。しかしバイエルンがより危険な存在となり得るのは、前任のカタルーニャ人が制覇できなかったコンペティション、すなわちCLだろう。それはアンチェロッティが、擁するトッププレーヤーたちの個人能力を解き放つことに最も優れた監督であり、バイエルンとビッグイアーを隔てる「あと5試合」こそは、個のクオリティや偶然がもたらすディテールこそが決定的な違いを作り出す可能性が高い舞台であるからに他ならない。

就任1年目となった昨シーズン、CLでは優勝したレアル・マドリーの前に準々決勝で敗退したものの、前人未到のブンデス5連覇を達成したアンチェロッティ。来たる新シーズン、どんなチームを作っていくのか注目だ

Analysis: Flavio Fusi
Translation: Michio Katano
Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images

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ウルティモ ウオモ

ダニエレ・マヌシアとティモシー・スモールの2人が共同で創設したイタリア発のまったく新しいWEBマガジン。長文の分析・考察が中心で、テクニカルで専門的な世界と文学的にスポーツを語る世界を一つに統合することを目指す。従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で新たなファン層を開拓し、イタリア国内で高い評価を得ている。媒体名のウルティモ・ウオモは「最後の1人=オフサイドラインの基準となるDF」を意味する。

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