ウィルシャーの記憶も蘇る25-26CL決勝分析。巧者パリSGに連覇を許したアーセナルが問う、蛮勇と勇気の違い
開始早々に先制を許すも、試合功者ぶりが光るPK戦決着でCL連覇を成し遂げたパリSG。時間の経過とともに左右と体力を削られ、パワー殺法の精度も落ちていく中、アーセナルに問われていた勇気とは?5月30日に繰り広げられた欧州最高峰の攻防を、前日に『アナリシス・ブレイン』(小学館新書)を上梓していたらいかーると氏が分析する。
ビティーニャを2トップで牽制する[4-4-2]の合理性
アーセナルの奇妙なキックオフで2025-26シーズンを締めくくるCL決勝の幕が開けた。奇妙なキックオフの先駆者と言えば、その目の前に立ちはだかるパリ・サンジェルマンだ。アンカーのビティーニャが相手陣深くにボールを蹴り込み、あえてタッチラインを割ることでプレッシングから試合を再開するキックオフは、世界中に衝撃を与えた一方で、日本の中体連や高体連では平成の時代によく見られた懐かしいやり方だった。
アーセナルのキックオフは高く蹴り上げることで、パリSGに処理の難しいハイボールを押しつけることを目指しているようだった。実際にそのボールにCFのカイ・ハベルツが間に合い、右インサイドハーフのジョアン・ネベスと競り合う状況となっている。なお、アーセナルのキックオフではこの形が繰り返されたので、空中戦からのトランジションで勝る計算だったのだろう。整理された状態で、マンマークプレッシングを行うパリSGのキックオフとの違いが垣間見える。「整理された状態で」がポイントだ。
ハーフウェイライン付近からのフリーキックをゴール前に放り込むアーセナルに違和感を覚えながらも、パリSGのゴールキックにはハイプレッシングの雰囲気を見せる。簡単にはボールをつながせたくない計画がちらついた瞬間であったが、この振る舞いは序盤の奇襲といったところだったのだろう。
ゴールキックを外に出すという、同じく奇妙な選択を採ったパリSGだったが、速攻でスローインを行うアーセナルと両者の企みが交差していく中で、試合の表情がだんだんと浮かび上がってくるようになる。
きっかけは右SBアシュラフ・ハキミがボールを持った場面から。左サイドハーフのレアンドロ・トロサールが与えたほんの一瞬の隙に、パリSGは自陣でボールを落ち着かせていく。ビティーニャがボールを動かし、左SBのヌーノ・メンデスが運ぶドリブルで内側に侵入していけば、その空いた席に左インサイドハーフのファビアン・ルイスが移り、さらに空いた席にはCFのウスマン・デンベレが座っていく。いつものパリSGのポジションチェンジの始まりの合図は、2分に示されていた。
敵陣からのビルドアップに対して、通常のアーセナルはマンマークで対抗する日々を過ごしてきていた。ボールを受け取りに降りる相手選手に対して、ウィリアム・サリバ、ガブリエル・マガリャンイスのCBコンビがどこまでも深追いしていくプレーは、マンマークの象徴のよう。しかし、そのやり方でパリSGに対抗したバイエルンの準決勝敗退を受けて、アーセナルはハベルツとトップ下のマルティン・エデゴーが2トップのように高い位置で相手を牽制する[4-4-2]で、パリSGに対抗する道を選んだ。
ボール保持者へのプレッシングを必ずしも行うのではなく、相手がボールを運んでくるとしたら、一定のラインやエリアまでは許可しようというニュアンスの守備になる。ただし、ビティーニャへの牽制は強く行われていた。パリSGのビルドアップにおいて、左CBウィリアム・パチョが果たす役割はあまり多くない。その関係性を考慮すると、2トップでビティーニャを中心に牽制する作戦は、ボール保持は安定するものの、「どうしたものか?」という状況にパリSGを陥らせた。
エデゴーがビティーニャとマッチアップをする場面が多かったが、決してマンマークで抑えるというものではなかった。ゾーンディフェンスには配置的優位性を、マンマークにはポジションチェンジをとする対策から考えても、アーセナルの狙いは理に適ったものだったのではないだろうか。
個人的に残念だったことは、スコアレスの時間の少なさ。マイルズ・ルイス・スケリーを中盤に配置する形を土壇場で手に入れたアーセナルの変身が、パリSGにどれだけ通用するかを楽しみにしていたからだ。CLファイナルという状況を考慮すれば、早すぎる先制点が試合に与える影響は普段よりも大きなものになる。
6分に生まれたアーセナルの先制弾は、ファビアン・ルイスのファウルが起点であった。自陣でのプレー再開では、さすがに放り込まないアーセナル。パリSGのマンマークプレッシングに対して追い込まれたかのように、右セントラルハーフのデクラン・ライスが何となくボールを蹴っ飛ばした場面のアーセナルの配置が興味深いものだった。
ハベルツとエデゴーの立ち位置に注目すると、ようやくスタンダードになりつつある偽2トップのような形になり、ハベルツたちよりもウイングのブカヨ・サカたちのほうが前に出ているのであった。なお、バイエルンも行っている方法で、ルイス・スケリー登用後にアーセナルの未来の1つの形になるだろうと予想していたこともあって、うれしい瞬間であった。
問題はハベルツとマッチアップしている選手がパチョだったこと。マンマークが基準になっているパリSGからすると、間違った対応ではない。そのため、サカにはヌーノ・メンデス、トロサールには右CBのマルキーニョスが対応していた。ヌーノ・メンデスとマルキーニョスの間にはスペースが広がっていて、ジョアン・ネベスがカバーするには少し距離が遠すぎる状況だ。
アーセナルにとって幸運、パリSGにとって不運だったことは、マルキーニョスのクリアがトロサールに当たり、虚を突く形でハベルツが裏抜けに成功したことだろう。パリSGの選手たちの猛追も及ばず、ハベルツは角度がないところから、マトベイ・サフォノフの右肩を抜くシュートをゴールの天井に突き刺し、アーセナルがファーストチャンスで貴重なリードを手にする。
前から奪いに行くことも忘れてはいけない、サカの提案
先制したことで、アーセナルの守備意識が高まっていくことは自然な流れだ。マンマークに対して、同数なら蹴っ飛ばすのは原則通り。ハイボールの的はハベルツであり、相手はマルキーニョスを想定しているようだった。仮に競り負けたとしても、守備の枚数はそろっている状況となる。ボールの失い方のコントロールとも、リスクマネージメントとも言えるだろう。
ハイラインを維持する素振りを見せたアーセナルだが、10分頃から撤退守備の雰囲気を醸し出していく。パリSGの選手が代わる代わるサカの背後に顔を出し、その度にサカが後方に戻らないといけないなら、最初から自陣に戻っていたほうがましという計算も間違ってはいない。
パリSGの最初の変化は12分に訪れている。左サイドにデンベレが登場する場面はお馴染みの景色と言えるが、いつもより調子がよくないように見えるデンベレは、自陣でボールを受けて優位性を生み出せそうな雰囲気がない。だったら、右ウイングのデジレ・ドゥエを生かせばいいということで、序盤からデンベレとドゥエが役割を交換している。この策略によって、右サイドからはハキミとデンベレが、逆サイドからはウイングのクビチャ・クバラツヘリアと愉快な仲間たちが攻略を担うことになった。
パリSGの次の変化は、対ハベルツ。アーセナルはボールをつないだ末に蹴るのではなく、そのまま蹴っ飛ばす、もしくはちょっとだけつないで蹴ることが多かったため、ハベルツのマッチアップをする相手を変更する余裕が、パリSGにはあった。というわけで、空中戦を競り合う相手がパチョになるハベルツ。それでも渡り合えるのだから、ハベルツは凄い。
パリSGは続いて、ヌーノ・メンデスの攻撃性能を解き放つ。相手が撤退するならば、長い距離を飛び出して急襲する作戦は実行しにくい。どちらかというと、サイドでぶっちぎれる選手のほうが真価を発揮しやすい状況と言えるだろう。となれば、ファビアン・ルイスよりも、ヌーノ・メンデスのほうがいいというわけで、2人の役割も交換された。
本来のパリSGならば、ヌーノ・メンデスを上げる形で最大火力を出すものの、ここは欧州最高峰の、しかも決勝の舞台。後方に残る守備者として、必ず3バックは残そうという強い意志を感じた。そのため、ファビアン・ルイスは3バックの一角として後方待機する場面が多く見られている。代わりにビティーニャを残す手もあったが、被カウンターでのサカとのミスマッチを避けたかったのかもしれない。
15分過ぎから、撤退守備の時間が長くなりそうなアーセナルの現状に、サカが改善を願うようになる。
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。
