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【対談】田中達也×らいかーると(前編):「タイサッカーの概念を変えたい」元Jリーガー、1部→3部移籍&監督兼任の理由

2025.11.22

ロアッソ熊本、FC岐阜、ガンバ大阪、大分トリニータ、浦和レッズ、アビスパ福岡と渡り歩く中で、渋谷洋樹監督、片野坂知宏監督、リカルド・ロドリゲス監督、長谷部茂利監督から薫陶を受け、指導者への道を志した元Jリーガーがいる。タイへと渡って1部のラーチャブリーで1年を過ごし、今季より3部のカスタムズ・ユナイテッドで監督を兼任している田中達也のことだ。

YouTubeチャンネル『田中達也【Football Insight】』も開設するなど異国の地で活動の場を広げる監督兼選手から、なぜか戦術ブロガー兼サッカー指導者のらいかーると氏を通じて編集部にオファーが舞い込み、両者の異色対談が実現。その経緯から指導法に戦術論まで、前中後編に分けて大いに語り合ってもらった(取材日:10月16日)。

異色対談のきっかけは北嶋秀朗コーチのリプライだった!

——まず最初にお聞きしたいのが、田中達也さんとらいかーるとさんのつながりです。どういった接点があったのでしょうか?

田中「僕がTwitter(現:X)などでサッカーの情報をいろいろと勉強していた中で、一番情報を得ていたというか、勉強になる発信をされていたアカウントがらいかーさんで、たまたま共通の知り合いがいたので浦和レッズ時代につないでもらい、お会いさせてもらうことにしました。らいかーさんの書籍『アナリシス・アイ』(小学館新書)も買ってずっと勉強していたので、どういう思考でサッカーを見ているのか直接会ってお話しをしたくて。僕がただただ、近づきに行った感じです(笑)」

らいかーると「その共通の知人の方から DM が来て、『えっ!』って感じでした(笑)。僕の中では、インターネットの世界とリアルの世界はやっぱり今でもまだまだ隔たりや違いがあるというか、リアルが偉くてネットが偉くないみたいな古いイメージがあるので、こういうふうにつながることがあるんだという衝撃を受けたことは間違いないですね」

――5万人以上フォロワーがいるらいかーるとさんでも珍しい出来事だったんですね。

らいかーると「僕はもう誰にフォローされているのか一切チェックしてないですし、通知もいつからか来なくなっているので、誰に監視されているのか見るのも怖いんですけど(苦笑)。でも、こうやって声をかけていただくことはそうあるわけじゃないので、貴重な機会だなと思いました。会ってお話することができて、とても楽しかったです。

 達也さんが当時所属していたロアッソ熊本と徳島ヴォルティスの試合を分析した2018年3月のブログ記事について『すごく印象に残っている』と言っていただいたり、当時欧州サッカーを席捲していたマンチェスター・シティについて話したりしたことはすごく覚えています」

田中「その時の分析が全部合いまくっているというか、チームミーティングの話がそのまま書かれているみたいな印象でしたので、どういう観点で分析をされているのかをお聞きました。その時、『見たままをそのまま文字に起こすようにしている。自分の都合がいいように想像して書かないようにしています』と言われたのを覚えていますが、分析力がちょっとすごすぎました。僕は人によって見え方がどう違うのかな、というのも含めていろんな人の分析を見たりするのですが、らいかーさんの記事が一番精度が高いというか、すごく入ってきやすい。納得感が高いと感じているのもあって、いつも読ませもらっていますね」

らいかーると「その記事のツイートに、北嶋秀朗コーチ(現:クリアソン新宿監督)からリプライをもらった記憶があります」

田中「そうそう、僕が今も影響を強く受けているキタジさん(北嶋コーチ)が『鋭いです』とツイートしていたので『どんなことを書いているんだろう?』と気になって読んだのですが、ここまでこんなにわかる人がいるんだとびっくりしました。僕も戦術的な観点でサッカーを考えられるようになり始めた時期だったので、こうやってネットで全部ズバズバ当ててくる人がいるんだというのがちょっと衝撃的で、興味を持ち始めた感じです。そこからSNSの活用も少しずつ広げていって、らいかーさんとやりとりされている方をフォローしたりしていきましたね」

——ちなみに今はSNS上でも戦術について書かれているサッカー指導者やサッカーファンの方も増えていますが、実際の現役選手や監督、プロの現場の人はどれぐらい見たり気にしたりしているのでしょうか?

田中「僕は結構見ているほうですが、見ない人は全然見ないので分かれると思いますね。チームに2人、3人はそういう選手がいるかなというイメージですけど、例えば僕のレッズ時代だと、(小泉)佳穂とか(江坂)任あたりはそういうのが好きだし、見てたんじゃないかなと。らいかーさんのことをフォローしている選手や指導者は多いと思いますよ」

浦和時代の小泉選手(左から4番目)と田中選手(右から2番目)

らいかーると「そのせいか、例えば中盤の選手が最終ラインに降りてビルドアップをサポートすることを『フットボリスタ』が“サリーダ・ラボルピアーナ”と紹介していたので、その頭を取って僕は“サリー”と呼んでいたんですけど最近、守田英正選手も同じ呼び方をしていたりして。ただの偶然かもしれませんが、日本代表の選手も言葉遣いがネットに寄ってきている気がしています。リアル段々と一致してきたというか。同じ言語で話すようになってきちゃったのが良いのか悪いのかはわかんないんですけど、それは常々感じています」

田中「僕はもともと『フットボリスタ』も読んでいて、タイにも何冊か持ってきていますね。インタビューをしてもらうのが1つの目標だったので、それが今回達成できてうれしいです(笑)」

「まずは東南アジアで一番面白いサッカーするぞ!」に隠れた想い

——そこからタイへ移った田中監督兼選手が今回あらためて、らいかーるとさんに連絡を取った背景についても教えてください。

田中「僕が今季から監督兼選手を務めているカスタムズ・ユナイテッドで取り組んできたことがそれなりに形になってきたなと感じる練習試合があったのですが、それをたまたま、対戦相手がYouTubeにアップしていたので、らいかーさんに見てもらって率直な評価を聞きたかったというのがきっかけです。そこでお墨付きをいただけたので次の段階として、カスタムズというチームや選手たちの日本での知名度を上げていくには、どうしたらいいかと相談させていただきました」

らいかーると「だから最初は自分のブログに書いてもよかったんですけど、達也さんから相談を聞いていくうちに並々ならぬ想いが伝わってきたので、まずはメディアで取り上げてもらったほうがいいんじゃないかということで、編集部に共有して対談をすることにしたという流れですね」

――「並々ならぬ想い」というと?

田中「1年タイでプレーしてみて実際に見聞きもしたのですが、まだまだ東南アジアでは経営陣が現場に介入することが当たり前で、サッカーをあまり理解していないオーナーが采配や選手起用までコントロールしているチームが多いんです。だから、ほとんどのチームがブラジルの選手やアフリカ系の選手のような身体能力の高い選手に依存していて、前線の外国籍選手にただボールを渡すだけというサッカーばかりになった結果、タイ人選手はどのように前進するか、誰がフリーマンなのかなどに興味・関心を持てないままプレーしてきているんですよね。周囲も戦術的な見方をしていないので、プロ選手になれてもなかなか評価されにくく、給料も伸びづらいという悪循環に陥っています。

 それでT1(タイ1部)のチームだとプロサッカー選手らしい給料になってはきますが、カスタムズが戦っているT3(タイ3部)となると、平均収入をもらえればかなりいい待遇だというくらいになってきます。タイ人選手と話していても『タイはチャンスが少ない』『家柄やお金を持ってる家に生まれたかどうかで、チャンスをつかめるかどうかが全然違う』という話をよく聞きますね。そういうタイサッカーの現状を変えたい想いもあって、監督兼選手になりました。カスタムズはタイ史上初で唯一の外資系クラブなので、純粋に現場で勝負できるのはもちろん、選手も20歳以下が7割くらいでフィールドプレーヤーは25歳以上が4人しかいないような若いチームで伸びしろがあるんです。

 だから、彼らと一緒に1部へと上がっていくことでインパクトを残したい。生まれ持ったフィジカルがなくても戦術があれば日の目を見られることを証明して、そういう選手を育成したり評価したりできる未来を作れるように、究極的にはタイサッカーの概念を変えたいんです。だから僕は、あまりちっちゃいことを言いたくない性格でもあるので、監督に就任して最初に『まずは東南アジアで一番面白いサッカーするぞ!そこからだ!』とカスタムズの選手たちに言いました」

——結果や順位表を確認してみるとカスタムズは昨季12チーム中11位に沈んでいましたが、田中監督兼選手の下で早くも上位を争うチームに生まれ変わっています。ただ、T3は複数地域に分かれているようですね。

田中「T3は5地域くらいに分かれています。2部に上がるには2位以内に入って地域CLみたいなプレーオフを戦わないといけなくて、 日本でいう地域リーグからJFLに上がる時のようなプロセスを踏まないといけないですし、予算規模でいったら2倍、3倍のチームと争わなければならない難しさもありますね。だからこそ、圧倒的なチームを作っておかないといけないですし、選手たちにも『圧倒的な試合運びをできるようにならないと、昇格は難しいぞ』と話しています。そういう厳しい戦いも待ち受けている中で、特に若手はJリーグに憧れている選手が本当に多いんです。そこで日本からも注目を集められれば彼らのモチベーションになるので、一緒に戦ってくれるようなサポーターやパートナー、スポンサーがいれば心強いなと。『日本のサッカーファンに支えてもらってよかったな』とタイの選手たちに思ってもらえるようなチームを作りたいなと思っているので、この対談に出させていただきました」

——そもそものお話になってしまいますが、タイに来たきっかけや流れはどういったものだったのでしょうか?

……

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Profile

ジェイ

1980年生まれ、山口県出身。2019年10月よりアイキャンフライしてフリーランスという名の無職となるが、気が付けばサッカー新聞『エル・ゴラッソ』浦和担当に。footballistaには2018年6月より不定期寄稿。心のクラブはレノファ山口、リーズ・ユナイテッド、アイルランド代表。

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