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生き残るには「地域のキーマンに可愛がられること」。地方市民クラブの成長戦略が「どぶ板営業」に尽きる理由とは?木村正明・東京大学特任教授インタビュー(前編)

2025.08.30

筆者は地方市民クラブである栃木SCを取材して今季で21年目になる。10年以上前、今回のインタビュイーである木村正明さんがファジアーノ岡山社長だった頃、J1未経験ながら平均観客動員1万人を達成しようとするクラブの成功要因についてインタビューを実施させていただいことがある。あれから月日が流れ、現在のJリーグでは親企業が付いて資金力で成り上がるクラブも増えるなど、クラブ間の競争が激化している。その中でファジアーノ岡山は2025年、地方市民クラブとして堂々とJ1の舞台を戦っている。

ファジアーノ岡山社長、その後Jリーグで専務理事を務め、現在は東京大学特任教授およびファジアーノ岡山オーナーである木村さんに、激動の戦国Jリーグで「地方市民クラブはいかに生き残るのか?」をテーマに話を聞いた。

J1昇格効果でファジアーノのチケットは毎試合争奪戦に

――今季からファジアーノ岡山がJ1を戦っていますが、率直に何を感じていらっしゃいますか?

 「まず、チームは本当によく頑張ってくれています。これまで歴代の監督や選手が築いてきてくれたものを継承し、さらに強みを出せているように思います。選手間の競争も激しいのを感じますし、ここまで木山隆之監督やスタッフが全体をうまくコントロールできている印象を受けます。最後まで頑張り切ってもらいたいです。また、自分はJリーグの専務理事のときに毎週のようにJ1の視察に行きましたが、スタジアムの雰囲気や演出を含め、岡山は十分に資金力を除けばJ1に足るクラブになってきたと感じましたし、上がらねばならないと思っていたので、いざ実現して、皆さんの笑顔を試合で見られて、安堵しています」

――J1に舞台を移したことで良い意味でも悪い意味でも想定外だったものは何でしょうか?

 「2003年の11月23日にアルビレックス新潟が初めてJ1昇格を決めた試合を偶然映像で見ていたのですが、新潟の皆さんが狂喜乱舞と言っていいぐらい喜んでいるのを見て、感じ入るものがありました。2006年にクラブを引き受けてから、2度の昇格を経て、J1昇格の瞬間を待ち望んでいました。あの瞬間は頭が真っ白になったのですが、我々のスタジアムは1万5000人ほどで満員になってしまいます。新潟では4万人以上がJ1に昇格する瞬間を実体験したわけで、4万人が一生語り継ぐでしょうし、4万人がこれからもクラブに関わり続けるでしょう。この差は大きい。だからやや複雑な気持ちにもなりました。現在、開幕から16試合連続でホーム戦のチケットが完売で、恐らく全試合が完売になります。私が地元の岡山に帰ったのも、本物のプロの試合を(当時、自分たちが子どもの頃に見られなかった悔しさが原点にあり)今の子どもたちに見てほしいというのが大きな理由だったので、想定外というのとは少し違いますけど、せっかくチームがここまで頑張っているので、それを多くの子どもたちに漏れずに見せることができない現状は少しつらいです。信号待ちとかしているときに『木村さん、チケットが取れないんよね……』と時々話しかけられることもあり、そのたびに申し訳ない気持ちになります」

大競争時代に地方市民クラブはいかに生き残るか?

――なるほど。夢見たJ1に昇格したことで生まれた嬉しい悲鳴ですね。ただ、地方市民クラブを取材テーマに追いかけ続けている身としては、ファジアーノ岡山は大きな成功例の一つに違いありません。木村さんにはかつてファジアーノ岡山社長だった当時にインタビューをさせていただいたときから10年以上の月日が流れ、あれからJリーグは弱肉強食の色合いが大変濃くなりました。今日のインタビューの大テーマになりますが、この競争時代のなかで親企業を持たない「地方市民クラブはいかに生き残るのか?」と問われたとき、木村さんはどう答えられますか?

……

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Profile

鈴木 康浩

1978年、栃木県生まれ。ライター・編集者。サッカー書籍の構成・編集は30作以上。松田浩氏との共著に『サッカー守備戦術の教科書 超ゾーンディフェンス論』がある。普段は『EL GOLAZO』やWEBマガジン『栃木フットボールマガジン』で栃木SCの日々の記録に明け暮れる。YouTubeのJ論ライブ『J2バスターズ』にも出演中。

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