マンチェスター・シティ来日の裏側。NTTドコモが“主催者”として6万人を集めるために実施したこと
バルセロナ、セルティック、パリ・サンジェルマン、インテル……今夏は欧州のビッグクラブが続々と来日した。数多く開催された親善試合の中でも横浜F・マリノスがマンチェスター・シティと対戦した「明治安田Jリーグワールドチャレンジ2023」(以下、JWC)と、欧州CL22/23準々決勝と同カードとなったFCバイエルン・ミュンヘンとマンチェスター・シティの一戦「Audi Football Summit」(以下、AFS)はともに6万人以上の観客を集め、大きな話題を呼んだ。
一連の欧州クラブによる日本での親善試合は、高額なチケット代などを理由に集客に苦戦したものもあった中で、既述の2試合が集客に成功した要因は何だったのか。公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(以下、Jリーグ)と共にJWCとAFSを主催した株式会社NTTドコモ所属の田中洋市氏、渡辺俊晴氏、大山翔之介氏の3名に、主にJWCにフォーカスする形でインタビューを行った。
ドコモとJリーグ、共催の経緯
――最初に皆さんのJWC及びAFSでの担当業務を教えていただけますか?
田中「私は全体を統括する立場として、Jリーグさんとの契約締結からチケット発売、プロモーション、グッズ、協賛……ドコモ側の窓口として企画の検討段階から携わらせていただきました」
渡辺「プロモーションをメインに担当しました。公式サイトの運用をはじめ、キービジュアルの制作などです。あと、前職のスカパー!で、試合の配信や放送に携わってきた経験を活かして、(JWCとAFSを配信したドコモの映像配信サービス)『Lemino』に関するJリーグさんをはじめとする関係各所との調整も行いました」
大山「私は主にホスピタリティチケットの企画や販売促進を担当させていただきました。実は今年6月にスポーツビジネスへの興味から中途入社したばかりなのですが、いきなり大きな案件を担当することになって目まぐるしい日々でした(笑)」
――大会開催の経緯をお聞きする前提として、JWCとAFSを共催したJリーグと御社の関係から聞かせてください。2017年のトップパートナー契約締結以降、どのような活動をされてきたのでしょうか?
田中「私がJリーグさんとの取組みを担当させていただいたのは2019年からですが、5Gを活用した新しい観戦体験を提供するイベントや、Jリーグのチケットをd払いで購入いただくとdポイントが進呈されるキャンペーンなど、ドコモならではの施策を行ってきました。ただ、スタジアムの集客に直結するような、直接的なJリーグへの寄与ができていなかったことを課題だと考えていました」
――つまり、“直接的なJリーグへの寄与”がJWC&AFSを主催した動機の1つとしてある訳ですね。
田中「はい。新しいファンの開拓を含め、サッカーファンの裾野を広げることは今大会を主催した目的の1つです。また、ドコモの社内的にはスポーツや音楽といったエンタメ関連事業を強化する方針で(田中らが所属する)『エンターテイメントプラットフォーム部』を今年7月に新たに発足させまして、JWCやAFSは同部署が管轄する大きな施策の1つでもありました」
――ドコモ社がこの規模のサッカー興行を主催するのは初めてです。計画のフェーズでは、どのようなことが論点になりましたか?
田中「最初にJリーグさんから本企画を打診されたのは2022年12月頃です。Jリーグとしても企業と共催する試合興行は初めてだったので、どちらが何を担うのか、スキームについては議論しました。特に経済条件ですよね。具体的な金額はお伝えできませんが、ドコモとしても経済的なリスクをとって計画、運営する意思があることはお伝えさせていただきました」
――後ほどお聞きする「チケット代」にも関係しますが、今回Jリーグとの“共催”となった理由は費用面の部分も大きいということでしょうか?
田中「Jリーグさんが成長戦略として掲げる2本柱の1つが『トップ層が、ナショナル(グローバル)コンテンツとして輝く』です。その具体的な活動の1つがJリーグチャンピオンと欧州のビッグクラブが対戦するJWCとなります。ただ、欧州のビッグクラブを日本に招聘するのは費用面的にも高いハードルがある中で、パートナーを探していたという背景はあると思います」
――Jリーグの課題とドコモ社の意向が合致した。
田中「そうですね。Jリーグさんにとっても、さきほどお話した過去の取組みの中で(ドコモ社に対する)信頼感があって、お声をかけてくださったのではないでしょうか」
――そして、JWCで横浜F・マリノスの対戦相手として、マンチェスター・シティを招聘することに成功します。同クラブにオファーした理由は何ですか?
田中「クラブ選定に関してはJリーグさんに主導いただきましたが、『トップクラブを招聘したい』という共通認識の中で、良い意味であまり議論にならずにマンチェスター・シティへのオファーを決めたと聞いています。我々としても異論はまったくありませんでした」
データを活用した、新しいファン層の開拓
――今夏行われた一連の欧州クラブの来日試合は、チケット代の高騰が話題になりました。JWCも「エキサイトシート」(メインスタンド1層前方)の50,000円を筆頭に高額な価格設定になっています。
田中「まず欧州クラブの招聘には大きな費用が発生します。それに加えて、国立競技場の利用料、6万人来場を想定した警備、演出、プロモーション……Jリーグのチケット価格と比較すると、高額に設定せざるをえなかったのは事実としてあります」
――そうした高額なチケット代にも関わらずJWCは61,618人、AFSでは65.049人を記録し、国立競技場で開催されたサッカーにおける最多入場者数記録を更新しました。
田中「(多くの来場があった要因として)メインスタンドとバックスタンド、中央とサイドなど、きめ細やかな席種や価格の設定は効果があったと思います。選手の写真を撮影されたいお客様は1層(階)席のメインスタンドを、チケット価格を抑えたい方はバックスタンドの3層(階)席など、ニーズにあった席をご購入いただけることは意識した点です。また、今回は子供たちに見てもらうことを重視して、カテゴリー5(ゴール裏)は小中高生価格(※JWC:3,000円、AFS:4,000円)を設けたことも大きかったと思います」
――実際スタジアムに来場された方は、Jリーグの来場者と比較して違いはありましたか?
田中「ドコモの強みだと思っていますが、サイト来訪者やスタジアム来場者に関しては、年代別などの属性データとして記録されています。現在まだ分析中の部分もありますが、年齢的には(Jリーグ平均と比較して)3~5歳程度若いですね。実際、会場でも学生同士で来場されている方が多い印象を受けました。今後はこのデータを活用し、リーグ戦の来場促進につなげる予定です」
――チケットの設定以外で、6万人を超える来場者があった要因として挙げられることはありますか?
渡辺「プロモーションという点では、ドコモ主導で実施しました。具体的な施策を1つ挙げると、弊社には9000万人を超える『dポイントクラブ』(※NTTドコモが提供するポイントプログラム)会員がいますので、そのデータの活用です。普段『dメニュー』(※NTTドコモのポータルサイト)で【海外サッカーのニュースを読んでいる方】など、親和性が高い方をターゲティングしてアプローチしました。dアカウント(※NTTドコモが提供するサービスを利用する際に使用するID)とJリーグチケットは連携しているので、様々なプロモーションが可能です」
――JWCとAFSは放送(配信)権も主催であるドコモ社が持ち、『Lemino』で配信した点もプロモーション的にはポイントとして挙げられます。
渡辺「さきほど田中からも説明した通り『新しいファンの開拓』が目的の1つでもあったので、今大会はLeminoで無料配信しました。こちらも放送では難しい、配信プラットフォームだからこそ取得できる視聴者のデータがありますので、今後はLeminoの視聴データも活用しながら、Jリーグさんと一緒にファン・サポーターを増やしていければと思っております」
――チケットの話に戻します。今回は一般チケットと並行して『ホスピタリティチケット』も発売されました。専用ラウンジでの食事、限定グッズの提供、ピッチサイドでのウォーミングアップ見学など、様々な特典が付いた豪華な内容です。
大山「欧州をはじめとする海外では普及している観戦スタイルなのですが、日本ではビジネスシーンでVIPルームを活用いただくことはあっても、個人でこうしたチケットを購入し、楽しむスタイルは根付いていません。なので、新しいスポーツの収益機会を生み出す意味でも、ホスピタリティチケットの販売にチャレンジいたしました」
――驚かされるのは、その価格です。最も安いプラン(Bronze Hospitality)でも132,000円/人、個室を貸し切れるプラン(Premium box)は5,500,000円~/部屋と非常に高額です。売行きはいかがでしたか?
大山「試合当日は、提供する座席のうちの7割ほどの来場がありました。目標は9割だったので、そこは下回ってしまったのですが、実際に来場いただいた方の満足度は高いものになったのではないかと考えています。試合後に行われた選手とのミートアンドグリート(交流会)で、写真撮影やサインをもらっている際に感動して涙を流されるファンの方や、お子様が目を輝かす姿などを目の当たりにして、収益以外のところでも大きな意義のある取組みだったと振り返っています」
クラブ、ファンと連携して実現した演出
――JWC試合当日は現地で取材させていただいたのですが、印象的だったのは国立競技場の雰囲気がJリーグ開催時のそれとは違ったことです。演出に関してもドコモ社が主管されたのでしょうか?
田中「はい。『欧州のスタジアムの雰囲気を国立競技場で再現する』ことをコンセプトにJリーグさんやパートナーの方々と準備しました。具体的には選手入場時に(シティのホームスタジアムである)エティハド・スタジアムで流れている『Hey Jude』(ビートルズ)とともに、ビッグフラッグで迎い入れたいとマンチェスター・シティさんに相談したら『イギリスから持ってくるよ』と言っていただけて。横28m×縦19mの大きな荷物だったと思うのですが、おかげさまで良い雰囲気がつくれたと思っています」
――マンチェスター・シティは試合以外の各種イベントでも”トレブル”のトロフィー(ビッグイヤー、プレミアリーグトロフィー、FAカップ)を展示するなど、演出に協力的だったようですね。
田中「選手や監督だけではなく、スタッフの皆さんの意識の高さに驚かされました。それはファンの方も同じで、ビッグフラッグの件も『(掲げている間は))前が見えなくなるので、不満が出るのではないか』と心配していたのですが、快く協力いただき感謝しています」
――余談ですが、JWCにおいてマンチェスター・シティの得点時に(国立競技場の隣に位置する)明治神宮野球場から花火が打ち上げられるというハプニング(?)が起きました。あまりにもタイミングが良かったので、演出だと勘違いした人も多かったと思います。
田中「あれは演出ではありません(笑)。花火の演出は検討したのですが、費用が結構かかるので見送りました。その分だけチケット価格を抑えた方がいいだろうという判断です。だから、運が良かったとも言えます(笑)。ただ、かなり盛り上がっていたので、次回は(花火演出を)検討しようと思います」
――誰をターゲットとするかで考え方は変わってくると思いますが、田中さんにとって理想の演出イメージはありますか?
田中「スペインのマドリードに1年間ほど赴任していたことがあり、その期間はよくスタジアムにサッカーを観に行きました。そこで感じたのは、サッカー自体のコンテンツ価値が高いので、演出を必要としないということです。何もしなくても、サンティアゴ・ベルナベウは最高の雰囲気になるんですよね。そういう意味では、シンプルにサッカーを楽しんでもらうのが理想だと思います。
ただ、あまりサッカーを観たことがない層にも楽しんでもうらためには、JWCやAFSで実施したような演出も必要だとも思っています。そうした部分でドコモも貢献することができれば嬉しいですね」
ローカル施策での連携も
――集客面では成功と捉えていいJWCとAFSの主催を終えて、今後のサッカー事業はどのような展開を想定されていますか?
田中「6万人を超える来場者を記録したことは主催者として実績になったと思っていますし、試合興行に関しては継続的な実施を考えています。ただ、今年はW杯も、EUROも、五輪もない年ということで開催できた側面もあるので、開催時期に関しては検討課題です」
――本日のインタビューでも何度か話題になっていますが、まずはJWCやAFSで得た経験やデータのJリーグへの活用が次のアクションになるのでしょうか?
渡辺「そうですね。先ほど話があったJリーグさんが掲げる成長戦略2本柱のもう1つは『ローカル』に関するものです(※『60クラブが、それぞれの地域で輝く』)。NTTドコモは全国に支社・支店がありますので、そちら(ローカル戦略)に関してもドコモとして協力させていただくつもりです。
例えば、鹿児島ユナイテッドFCさんとは特設WEBサイトを作って『選手おススメのグルメ』などの切口でクラブのPRを行い、実際にチケットを購入してくださった方にはdポイントをプレゼントするキャンペーンを実施しました。JWCやAFSのような大規模イベントをたくさん開催するのは難しいですが、ローカル施策を積み重ねることでも貢献できればと思っています」
――なるほど。ドコモ社だからこそ実施できる施策は多そうですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。今後の活動も楽しみにしています。
田中「こちらこそありがとうございました。私がJリーグさんとの取組みを担当した2019年当時は一緒に試合興行を企画、運営するなんてことは想像もしていませんでした。今回のJWCやAFSは過去の積み重ねがあってこそ実現できたことなので、感慨深いです。今後もJリーグさんと一緒に新しいサッカーファンを増やすこと、ライトなファンをコアファンにする一助になれればという思いで活動させていただくつもりです」
Yoichi TANAKA
田中 洋市(写真中央)
(株)NTTドコモ エンターテイメントプラットフォーム部プラットフォームビジネス担当・担当課長。2006年NTTドコモ入社。LTE・5Gなどのネットワークの導入企画・開発に従事。2011年にはスペインTelefonica社にて海外ネットワーク事業を経験。2018年には株式会社ALBERT社にてデータサイエンス事業を経験。2019年より現在のJリーグや鹿島アントラーズなどのパートナーと、ドコモのネットワーク、顧客基盤などのアセットを活用し新規ファンの獲得、新しい観戦体験の創出を目的とした事業開発に従事。
Toshiharu WATANABE
渡辺 俊晴(写真左)
(株)NTTドコモ エンターテイメントプラットフォーム部プラットフォームビジネス担当。2018年NTTドコモ入社。前職のスカパー!では、WEBプロモーションやサッカー中継事業(権利調達、コンテンツ制作、プロモーション、営業などを一気通貫で行う部署)で様々な業務を経験。ドコモ入社後、dメニューのスポーツコーナーを担当し、2023年2月から現職。
Syounosuke OOYAMA
大山 翔之介
(株)NTTドコモ エンターテイメントプラットフォーム部プラットフォームビジネス担当。2023年NTTドコモ入社。前職はクレジットカード会社に所属し、クレジットカード会員向けデジタルサービスや、男子プロゴルフトーナメントの来場者向けスマホアプリ等の企画業務を担当。2023年6月よりNTTドコモへ中途入社し、Jリーグとのパートナー業務に従事。
Photos: J.LEAGUE , Getty Images , Ryo Kubota
Profile
玉利 剛一
1984年生まれ、大阪府出身。関西学院大学卒業後、スカパーJSAT株式会社入社。コンテンツプロモーションやJリーグオンデマンドアプリの開発・運用等を担当。その後、筑波大学大学院でスポーツ社会学領域の修士号を取得。2019年よりフットボリスタ編集部所属。ビジネス関連のテーマを中心に取材・執筆を行っている。サポーター目線をコンセプトとしたブログ「ロスタイムは7分です。」も運営。ツイッターID:@7additinaltime