「みんなが主役」の組織づくりには黄金比がある。田坂和昭監督が「トップボトムアップ」を提唱する理由(前編)
「トップダウン」と「ボトムアップ」――。対照的な組織の意思決定方法はビジネス界でたびたび議論の的となっているが、サッカー界でも時代の潮流に伴い、従来の監督の指示に選手が従う上意下達から、選手の判断を監督が促す下意上達の指導法に注目が集まりつつある。そこで大分トリニータやギラヴァンツ北九州を率い、Jクラブの現場で「ボトムアップ理論」の導入を試みた田坂和昭監督に直撃。理論と実践の狭間で試行錯誤を重ねながらも見出した「トップダウン」と「ボトムアップ」の黄金比について、大いに語ってくれた貴重なインタビューを前後編に分けてお届けする(取材日:2024年3月)。
恩師・植木監督のラブコールを受けて「Jリーグの外側」へ
——おひさしぶりです。いかがお過ごしでしたか。
「実は、4月から上武大学の准教授として教鞭を取るんです。もともと、上武大学のサッカー部の監督はザスパ群馬で監督やGMもやっていた植木繁晴さん(註:インタビューから約1ヶ月後の4月11日にご逝去されました)だったんだけど。僕が湘南ベルマーレでプレーしていたときの監督でね。数年前、まだ僕が栃木SCで監督をやっていたときにも『大学の先生やらない?』って声をかけられていたんだけど、そのときは『クラブとの契約があるから無理なんです』とお断りして。そしたら今年、年明け早々にまた電話がかかってきて。植木さんは実は2年前から体調を崩されていて、僕もそれは知っていたんだけど、入院中にガラガラの声で僕に電話してきて、『大学の理事長の話を聞いてほしい』と言われて。そのとき僕にはあるJクラブのアカデミーダイレクターに就任する話があったんだけど、どうしようかなと考えて、やってみようかなと」
——現場にいていただきたい気もするけど、講義する田坂さんも見てみたいですね。で、何を教えるんですか。
「スポーツビジネス学科といって、授業の内容はこちらに任されているの。僕はボトムアップ理論の資格を取っているからそういう話をしたり、いま僕が資格を取りに行っているスポーツメンタルコーチングについて話したり。で、サッカー部のほうは3月から見てくれって言われていて。どうせなら学生たちの役に立つことを伝えたほうがいいから、これからどう生きるかとか、どういうふうに社会に出ていくかという話をしてあげたらいいなと」
——じゃあしばらくJリーグのお仕事には戻らないんですか。
「代理人はつけたままだからオファーが来ることもあると思うけど、そのときの状況によって判断することになるでしょうね。でも一回、大学のようなところを経験するのもいいかなと思って。僕もいろんなチームでいろんな経験をしてきたから。Jリーグにずっといて、いいところも良くないところも見てきた中で、一回その外側に出てみるのもいいかなと。カテゴリーが変わってもサッカーというものは変わらないし、育成は楽しいですからね。大学生は半分こどもで半分おとな。面白いよね。Jのチームのルーキーや若手とそんなに変わらないしね。中には『えっ、Jクラブのほうがいいんじゃないですか』って言う人もいたけど、新しいチャレンジは実際に体験してみないとわからないでしょ。いろんなことを試してみたいと思っています」
全国3位の堀越高校も10年かかった「ボトムアップ理論」の是非
——今日は、大学の講義でも話されるであろう「ボトムアップ理論」についてお話を伺いたいです。
「まあ、僕も資格は持っているけど、僕が話すのでいいの?」
——理論の第一人者である畑喜美夫さんにお話を伺った記事はたくさんあると思うんですけど、その理論をJクラブの現場で落とし込もうとした際の、実際の経験について聞いてみたくて。いま、サッカーのトレンド的にも監督たちの間で選手へのアプローチがエコロジカルな方向にシフトしている傾向が強くなっていて、そこにはボトムアップの考え方が深く関わってくると思うので。田坂さんはギラヴァンツ北九州の監督に就任されるときに、ボトムアップのチーム作りをすると宣言していたでしょう。そこからの戦績を見ながら、Jの選手たちに実際に短期間で落とし込むのは難しいのかなと考えていたんです。
「1日2日で落とし込むのは無理ですよね。いま、畑さんのボトムアップ理論を指導に取り入れているのは高校生、中学生、小学生といった育成年代を中心に、ほとんどアマチュアのチーム。プロで初めて導入しようとしたのが僕と、現在なでしこリーグ1部のラブリッジ名古屋の監督を務めている森山泰行さんなんですよね。僕はいまも畑さんのボトムアップ理論を学ぶ月1回のセミナーへの参加を続けているんだけど、その場で一度、定義したんです。畑さんのボトムアップが目指す『ダブルゴール』は、プロの場合は結果と人間育成の2つ。ボトムアップ理論というのは本来が人間育成の理論なので、その両方でゴールを目指していく。で、プロクラブである北九州で監督に就任するにあたっては、ボトムアップ方式でマネジメントしながら短期間で結果を出さなきゃいけない。高校サッカー部の先生たちがボトムアップを浸透させるまでには何年もかかっているんですよ。例を挙げれば堀越高校。今年の選手権大会で全国3位になったけど、ボトムアップ方式で10年やっているの。みんなで考えて、みんなで練習メニューを決めて、みんなでメンバーを決めてっていうやり方でね。でもそれでめざましい結果を出すまでに10年かかってるんですよ。それをプロのチームでは短期間でやらなきゃいけない。
そこに僕は挑戦したんだけど、実績がないから戦績が出なくて鳴かず飛ばずで終わっちゃった。でも、やっている中で、すぐに成果が見えたところと時間がかかるところがあるんですね。だから、重要なのは『トップボトムアップ』といって、その融合なんだなと。……
Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg