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ESL再燃にとどまらないECJ判決の余波(前編)。国際大会が迎えた上意下達の終焉と自由化の新時代

2024.01.10

CLの代替コンペティションとして構想中の欧州スーパーリーグ(ESL)が再燃する火種となった欧州司法裁判所の判決。国際大会の新設やその参加を禁じていたFIFAとUEFAがEU法違反で敗訴となった上で、ESL主催のA22が当初の20チームから3階層の64チームに出場枠を拡大した新形式を発表したものの、即座に大半のクラブが反対を表明している。ゆえに実現の見込みこそ薄いままだが、その余波はCLとESLだけにとどまらない。ACL(AFCチャンピオンズリーグ)やアジアカップ、さらには日本にまで及ぶサッカー界全体のガバナンスそのものに与えた衝撃を、FIFPRO(国際プロサッカー選手会)アジア支部代表も務める山崎卓也弁護士が前後編に分けて解説する。

ボスマン以来の歴史的判決

 まさにボスマン判決(1995年)以来の、サッカー界を揺るがす歴史的判決と言っていいだろう。2023年12月21日に下されたECJ(欧州司法裁判所)による判決は、それぐらい、日本を含む世界のサッカー界の今後に大きく影響を与える内容のものとなった。

 この判決がもたらす意味、インパクトを端的に表現するならば、「今後はFIFAやUEFAなどは、リーグ・クラブや選手を中心としたプロサッカーの重要なステークホルダーの声を聞かずに、一方的に国際マッチカレンダーなどを決められなくなる(=そうしたステークホルダーは、新しい国際大会のあり方をより自由に提案できることになる)」といえる。

 いまだ記憶に新しい、2021年にFIFAが提案していたW杯を2年おきに開催するプランは、リーグや選手などからの反発もあって頓挫したが、それでも当時FIFAは、仮にリーグや選手が反対したとしても一方的に導入することは可能という姿勢を示していた。それはFIFAの意思決定が、結局は全世界211の各国サッカー協会(日本サッカー協会も含む)の投票のみで行われ、そこにリーグや選手が直接意思を反映できる構造になっていないことに基づいている(プロのクラブ・選手に大きな影響を与える事柄であるにもかかわらず、クラブビジネスと利益相反する性質を持つ、代表ビジネスの受益者である各国サッカー協会――プロリーグのない小国の協会も含まれる――にのみ1票が与えられ、他方でイングランド・プレミアリーグや選手会などには票が与えられていないという状態)。

カタールW杯の授賞式で優勝トロフィーを手渡すFIFA会長のジャンニ・インファンティーノ。2021年5月に隔年開催案を明かしていたものの、世界中で巻き起こった議論と批判を受けて翌年3月には「FIFAは提案していない」と撤回する事態に陥っていた

 今回の判決は、そのようなFIFAやUEFAの意思決定のあり方、ガバナンスの改革にも繋がる大きなインパクトを持ち、今後の国際大会のあり方を決める主導権が、リーグや選手側により移行していく道を開いたものといえる。以下、今回の判決の内容、これから予想される動き、そして日本のサッカー関係者にとっての影響の順に解説する。

ECJ判決の要点と意義

 今回の裁判は日本でも多く報道されているように、2021年4月に発表された欧州スーパーリーグ(ESL)構想に対して、FIFAやUEFAがこれを承認しないと表明するとともに、それに参加するクラブや選手には制裁を科すとの姿勢を示したことに対して、ESL側が、そのように、FIFAやUEFAが、自ら主催の国際大会(CLなど)と競合するリーグを承諾するか否かの権限(制裁付の権限)を独占的に持っていることが、EU競争法に違反するものとして訴えたものである。

 また、ESL側は合わせて、FIFAやUEFAがそうした国際大会の放映権などの商業的権利を独占的に持っていることについても、EU競争法違反であると主張した。これを受けた今回の判決の要点は、おおむね以下の2点といえる。

要点①現状のFIFAやUEFAの枠組みでは、競合リーグを承認するか否かの判断において、透明かつ客観的、非差別的で均衡のとれた判断が行われる保証がなく、ゆえにEU競争法に違反する

要点②放映権などの商業的権利の独占は窓口の一本化による取引費用削減や取引の安定性の実現などのメリットがあり、かつそのように競争を制限することによる不利益を正当化できるといえるだけの関係者(プロアマを含むサッカー界のステークホルダーのみならず有料放送の視聴料を払う消費者などを含む)への補償的措置、利益の適切な分配などの存在が証明できない限りはEU競争法に違反する

 要点①は逆に言えば、FIFAやUEFAが競合リーグの承認にあたって透明かつ客観的、非差別的で均衡のとれた基準をもって判断する限りは、そのような「承認」という枠組みを維持することは許されると解釈されるが、もともとサッカー関係者全員が守る義務を持つ規則を作って制裁付で施行できる権限を持つ団体(Regulator)でありながら、自らも国際大会を営む事業者(Competition Organizer)であるという利益相反状態にあるFIFAやUEFAは、こうした判決でもない限りは自分のビジネスに脅威をもたらす競合リーグを一方的に却下できる立場にあったので、このような「透明かつ客観的、非差別的で均衡のとれた基準での判断」という制約が課されたことは、FIFAやUEFAの独占的地位を揺るがす大きなインパクトを持つものといえる。……

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Profile

山崎 卓也

1997年の弁護士登録後、2001年にField-R法律事務所を設立し、スポーツ、エンターテインメント業界に関する法務を主な取扱分野として活動。現在、ロンドンを本拠とし、スポーツ仲裁裁判所(CAS)仲裁人 、国際プロサッカー選手会( FIFPRO)アジア支部代表、世界選手会(World Players)理事、日本スポーツ法学会理事、スポーツビジネスアカデミー(SBA)理事、英国スポーツ法サイト『LawInSport』編集委員、フランスのサッカー法サイト『Football Legal』学術委員などを務める。主な著書に『Sports Law in Japan』(Kluwer Law International)など。

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