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クロアチア人がセルビア人を応援?民族対立を超えて愛されたアンドリッチ

2022.08.23

この夏、ディナモ・ザグレブからリーグ1のクレルモンに移籍したセルビア人FWが、新天地で輝いている。彼の活躍を喜んでいるのは、母国セルビアだけではない。独立戦争で激しく対立したクロアチアの人々も声援を送っているのだ。民族対立を超えて愛されたコムネン・アンドリッチの物語を紹介する。

 日本では伊東純也のリーグ1デビュー戦として注目を浴びた第2節スタッド・ランス対クレルモン・フット。この試合で主役を演じたのが、クレルモンに今夏ひっそりと加入した27歳のセルビア人CF、コムネン・アンドリッチだ。

 [4-2-3-1]のターゲットマンを務め、2点ビハインドの前半アディショナルタイムではロングボールの競り合いから相手CBのレッドカードを誘発。51分には今季のチーム初得点となるPKを決め、62分には十八番のヘディングシュートで同点弾を叩き込んだ。その後も数的優位を生かしたクレルモンは4-2のスコアで今季初勝利。2ゴールのアンドッチは『レキップ』紙の第2節ベストイレブンに選出されている。

リーグアン第2節「ランス対クレルモン」のダイジェスト動画

家族や友人からの心配を受けながら“敵国”で再生

 そんなアンドリッチの活躍ぶりを喜々として報じたのがクロアチアのメディアだ。トップニュースとはいかないまでも、前日のセリエA開幕戦ミラン対ウディネーゼでのFWアンテ・レビッチの「ドッピエッタ」のニュースとほぼ同列に扱われた。90年代のユーゴ崩壊に伴う苛烈な戦争により、今でもセルビア人とクロアチア人の間には感情的なしこりが残っているが、アンドリッチは男気あふれた人格者としてクロアチアで愛される稀有なフットボーラーだ。

2019年1月に親友のルカ・ヨビッチを通してレビッチと会い、「馬鹿者だけが人々をセルビア人とクロアチア人に分ける」とのメッセージを記した

 アンドリッチは身長189cmの体躯を生かし、常に100%を出し切る責任感と闘争心が備わる万能ストライカーだ。しかし、陽の当たるようなキャリアを過ごしたわけではなかった。OFKベオグラードで頭角を現してU-20セルビア代表に選ばれるも、2015年のU-20W杯は足関節のケガでメンバー入りできず。同大会でセルビアは世界制覇を果たしただけに、メンバー落選はキャリア最大の痛恨だという。

 OFKベオグラードの2部降格に伴い、21歳でポルトガル1部のベレネンセスに移籍するも壁にぶち当たった(その頃に心の支えとなったのが同じリスボンでプレーする当時ベンフィカ所属のヨビッチ)。半年後にはリトアニア1部のジャルギリスにローンで送られるも、今度は慣れない人工芝で足関節を再び故障してしまう。

 転機になったのは2017年のクロアチアリーグ挑戦だ。ベレネンセスを1年でお払い箱となり、母国からのオファーを受けるかどうか悩む中、ザグレブ郊外の小クラブ、インテル・ザプレシッチからのオファーが届く。ザプレシッチは彼が初めて耳にする土地。両国間の民族感情を憂慮する家族や友人からの心配を受けたものの、クロアチアでは言語的な問題やメンタリティの違いはなく、チームに同世代の若手が多いこともあって彼はすぐに受け入れられた。とりわけ情熱家のサミール・トプラク監督とは初日から馬が合い、1年目で17試合8得点をマーク。2年目にはセルビア国籍の選手としては初めて、クロアチア1部のクラブでキャプテンに指名された。かつての“敵国”で再生を果たしたアンドリッチはこう語る。

 「インテルでキャプテンを務める満足感はとてつもなく大きなものだ。モドリッチやロブレン、チョルルカといったビッグネームもプレーしたクラブだから、私にとっては特別な名誉と言える。でも、自分がキャプテンマークを巻く選手であることはきちんと正当化してきたとも思っている」

インテル・ザプレシッチ時代のアンドリッチ。今夏にインテルは財政破綻によりトップチーム消滅の憂き目に遭い、彼も遺憾の意を表している

セルビアとクロアチアの懸け橋へ

 18-19シーズンの前半でアンドリッチは10得点を挙げてリーディングスコアラーになると、同国一の強豪ディナモ・ザグレブが本格的に獲得へと動き出した。2019年1月20日、アンドリッチはディナモと4年半の契約を結ぶ(移籍金は推定80万ユーロ)。背番号は幾多のレジェンドが受け継いできた「9」だ。

 ディナモはユーゴ時代からクロアチア愛国主義のクラブとして知られ、サポーターの「バッドブルーボーイズ」は事あるごとに「殺せ、セルビア!」のチャントを繰り返している。ところが、アンドリッチに届いた何百通ものメッセージはいずれも肯定的な内容だった。ディナモ入団直後には時代の寵児となり、表裏ない性格の彼は取材相手がセルビア人だろうとクロアチア人だろうと同じ意見を繰り返した。

 「クロアチアの独立以降、ディナモに入団した最初のセルビア国籍の選手になれたことを誇りに思う。障壁や偏見をぶち壊す存在に自分がなれたことにも大満足だ。私のディナモ移籍が証明したようにサッカー界ではセルビアとクロアチアの関係が成功している。今後もこのような関係を深めていくべきだ。スポーツの世界に政治の居場所なんてないのだから」

2019年3月にディナモのセカンドチームの試合を撮影した際、観客席で私のカメラに気づいたアンドリッチは、一緒に観戦するチームメイトのニコラ・モロ(左)とディノ・ペリッチ(右)を抱き抱えてポーズを取った。彼の人間性が滲み出る1枚だ。写真提供は長束氏

 ディナモでは「おばあさん」(Baka)というニックネームを授かり、ポジティブで世話焼きな性格でチームメイトやスタッフの全員から愛された。CFのポジション争いでは常に3番手か4番手で、ベンチ入りできない試合も稀ではなかったが、「フットボーラーである以前に人間であれ」を人生訓とする彼は決して腐らなかった。そして、わずかな出場時間でも全身全霊を注ぐ彼のプロ意識にサポーターは敬意を払った。……

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Profile

長束 恭行

1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。