SPECIAL

ボールを持たず、相手を攻める手法。「モビリダイゼーション」を再考する

2022.06.02

TACTICAL FRONTIER

サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。

※『フットボリスタ第90号』より掲載

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 ハンドボールやバスケットボールは、フットボールよりも戦術的に洗練されているという事実を否定することは難しい。ピッチが狭いことに加えて自分たちが保持するボールを失うことが少ない手を使えるスポーツでは、戦術的にパターンプレーが重視されるのは当然だろう。

 バルセロナやスペイン代表が丁寧で正確なビルドアップによってプレッシングを無効化していったことで、実際に「フットボールのバスケ化」が進むと考えていた識者も少なくなかった。しかし、興味深かったのはフットボールがミスのスポーツであるということだろう。確かにバルセロナのようにボールを丁寧に前進させるアプローチはボールを失う確率を減らしたが、それでもハンドボールやバスケットボールと比べれば足でボールを扱うという特性から小さなミスは避けられない。だからこそドイツを中心にゲーゲンプレッシングという前線からの苛烈なプレッシングが流行し、強引に相手ボールを奪う戦術が1つの主流となっていった。

 マンチェスター・シティとリバプールが激しく前線からのプレスで主導権を奪い合うように、現代フットボールは「相手の時間と自由を奪うプレッシングの時代」となっている。それでもハイプレスを回避すれば一気に敵陣で好機を作れることから、ビルドアップを捨てるチームも少ない。相手の激しいプレッシングを寸前で回避するギリギリの駆け引きが求められているのが、現代フットボールだ。そのように判断の時間が削られている環境だからこそ、ハンドボール発の概念である「モビリダイゼーション」にスポットライトを当てる価値があるのではないだろうか。

「情けは人のためならず」の精神

 4つの優位性(数的優位性、質的優位性、位置的優位性、社会情緒的優位性)をベースとしたポジショナルプレーという概念において、1つ注目すべきポイントが「利他性」だ。

 例えばボール保持者の左右をサポートすることで、相手の守備が左右に広がる。そうなれば中央のパスコースが生まれるのだが、左右に開いた選手は結果的に囮(おとり)として機能している。そこで彼らが自分でボールを受けようと内側に入ってきてしまうとパスコースが失われるので、彼らは意図的に「そのポジションに残る」ことが求められる。このような場面はゲームの中で、おそらく何百回とあるはずだ。

 ポジショナルプレーの信奉者として知られるオスカー・カノ・モレノはハンドボールの指導者であるフアン・アントニオ・ガルシアに強い影響を受けており、彼の理論をフットボールに応用しようとしていた。その中でも1つの重要な概念となっているのが「モビリダイゼーション」である。……

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TACTICAL FRONTIERモビリダイゼーション

Profile

結城 康平

1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。