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Jクラブはマンチェスター・ユナイテッドに続けるか? 上場解禁が法務にもたらす変化を占う

2022.03.11

さらなる成長に向けた戦略としてクラブの上場を解禁する方針を固め、株式異動に関わるルール・規約を改定したJリーグ。上場という新たな選択肢がJクラブにもたらす利点と課題とは何か。そして、Jリーグはそのリスクをどのように管理しようとしているのか。藥師神豪祐弁護士と諏訪匠弁護士が法務の観点から展望する。

クラブ株式上場解禁の背景

 2022年2月28日、Jリーグはオンラインで理事会を開き、クラブの株式上場を解禁するための規約改定を行った。改定前のJリーグ規約ではJクラブによる株式譲渡や株式の新規発行についてリーグへ事前届出を行うことが義務化されていたが、この規定を削除することにより、株式の公開が可能になった。これはコロナ禍で経営難を抱える多くのクラブにとっても、スタジアム整備やDX対応等の設備投資を計画するクラブにとっても、重大な方針転換となる可能性がある。

 コロナ禍によりいずれのクラブも等しくその財政に少なからぬ打撃を受けている。そのため、多くのクラブは、設備投資等の前向きな事情がなくとも、収入確保のための施策と並行して様々な形で資金調達を模索している。収入確保のための施策も各クラブの工夫によりコロナ禍で選択肢が増えている状況だ。積極的なスポンサーアクティベーションやイベントのオンライン化の工夫が行われているほか、Jリーグや各クラブが行うeスポーツを用いて接点を拡大する試みなどもより有用となっている。

 スポーツクラブの資金調達方法としては、一般企業と同じように借入れや社債発行を行うことは可能である。社債発行については、例えばプレミアリーグではこれまでもよく実行されてきた。日本国内では2021年10月にプロ卓球リーグ所属の「琉球アスティーダスポーツクラブ株式会社」が国内プロスポーツクラブ初の社債発行を実現した旨のリリースを行っている。また、クラウドファンディングやトークン発行などの先端的な試みを行うクラブも登場してきた。株式に着目すると、これまでも特定の新株主に対する株式発行や株式譲渡による資金調達が行われた事例は多いが、今回、広く市場で株式を公開し資金調達を行う可能性が生み出された。

 世界を見渡しても、プロサッカークラブの株式上場事例は少なくない。先行例としてはプレミアリーグがあり、非常に早い段階で株式上場が解禁されていたが、投資対象としての魅力を市場にアピールすることができず2000年代前半に上場廃止が相次いだ。その後、2012年8月にマンチェスター・ユナイテッドはあらためて米国のニューヨーク証券取引所に株式の新規上場を行っている。この株式上場は同クラブの世界的な影響力の維持や拡大の一つの要素となり、模範的な成功例になった。現在、この他に株式市場に上場を行っているプロサッカークラブとしては、ドルトムント、ローマ、ガラタサライ、セルティックなどがある。 

 株式上場の持つ機能は様々にあるが、経済的側面をみると、やはりJリーグが挙げるように、資金調達の選択肢増加や投資意欲向上をもたらす点は非常に大きい。また、クラブの企業価値が市場の目線にさらされることによる変化も望まれる。報道される限りでJクラブ買収例をみるに、日本国内ではいまだサッカークラブが経済主体として把握されていないように思われるが、株式上場の実例が現れれば、非上場のJクラブの買収価格などにもポジティブな影響を与える可能性がある。Jリーグのリリースからも、Jクラブに眠る「これまで経済的評価が与えられていなかった価値」に市場の値づけが与えられることを期待していることが見てとれる。

大きな社会的責任と重い上場維持コスト

 これまでも2013年にJリーグが導入した「クラブライセンス制度」において、施設的水準の持続的な向上、クラブの経営安定化、財務能力・信頼性の向上が求められ、ステークホルダーに信頼される企業体であることを要求されてきた経緯があるが、株式上場において満たさなければならない基準はさらに重いものとなる。……

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経営

Profile

藥師神豪祐 諏訪匠

【藥師神豪祐】1984年生まれ。法律事務所fork代表弁護士(第一東京弁護士会)。Twitter:@hell_moot【諏訪匠】2015年弁護士登録。名古屋市出身、京都大学卒。現在は都内法律事務所に勤務。不動産、相続、企業法務やスポーツ団体設立業務などを取り扱う。30年来の鹿島サポーター。好きな選手は小笠原満男と荒木遼太郎。

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