ピルロの腹心と考える新しいポジション論。「スペシャリストの時代」、「駒の時代」、そして「タスクの時代」へ

『モダンサッカーの教科書Ⅲ ポジション進化論』第1章特別公開(前編)
『モダンサッカーの教科書Ⅲ ポジション進化論』 の発売を記念して、第1章の「【総論】ポジションからタスクへ」を特別公開。お馴染みのボローニャコーチのレナート・バルディと片野道郎のコンビに加えて、ユベントスのピルロ監督の腹心であるアントニオ・ガリアルディがゲスト参加。
前編では、FIGC(イタリアサッカー連盟)で共有されているポジション進化の歴史について。アナリストのガリアルディが中心になって展開される興味深い議論を見てほしい。
近年急速に進みつつある「戦術パラダイムシフト」において、ピッチ上に目に見える形で表れた最も大きな変化は「ポジションの流動化」だろう。それはどのようなプロセスを経て起こったのか、そしてその結果として欧州最先端のサッカーはどこに向かおうとしているのかを、まずは総論的に把握しておきたい。2010年からイタリア代表のマッチアナリストを10年間務め、2020年8月にアンドレア・ピルロ監督(ユベントス)のスタッフに加わったアントニオ・ガリアルディをゲストに迎えて、このテーマを掘り下げていくことにしよう。
背番号、ポジション、タスクを固定した「スペシャリストの時代」
片野「つい10年くらい前まで、1人のプレーヤーがチームの中で担っている機能と役割を描写するためには、ポジションを示せばそれで十分でした。ゴールキーパー(GK)、ディフェンダー(DF)、ミッドフィールダー(MF)、フォワード(FW)という大枠に加えて、センターバック(CB)、サイドバック(SB)、セントラル(CMF)、アンカー、インサイドMF、センターフォワード(CF)、ウイング、トップ下といった『位置情報』を表す用語、そしてストッパー、リベロ、レジスタ(ゲームメイカー)、インコントリスタ(守備的MF)、ファンタジスタ、ファーストトップ、セカンドトップといった『機能』を表す用語が混在していますが、いずれにしてもその2つを組み合わせれば、どの位置でどんなプレーをしているかは説明できたし理解できた。でも今はその枠組みそのものが流動化して曖昧になってきています。CFは中盤まで下がってきてゲームを組み立てるし、SBは中央に入ってきてレジスタのように振る舞うし、ウイングとトップ下とセカンドトップの区別はもはやつかない。今日は、こうした変化がどこから来て、どこに向かおうとしているのか、ポジションの概念が変化する中で、マッチアナリストの立場からそれを理解し分析する枠組みや分類がどう変わっているのかについて、いろいろな角度から掘り下げていければと思っています」
ガリアルディ「最初に私の考えをざっくりと整理しましょうか。ポジションは今や位置情報ではなく機能です。1人のプレーヤーを描写する際、固定的なポジションを引き合いに出したところであまり意味はないというのは、我われの世界ではもはや常識になりました。MFというだけでなくアンカーと呼んだところで、その選手のプレーを具体的に想像させることは不可能です。重要なのはむしろ、その選手は何ができるか、どんな機能を担えるか/担っているかの方です。例えばカゼミーロ(レアル・マドリー)とジョルジーニョ(チェルシー)では、プレーしている位置は同じでも担っている機能は大きく異なりますよね。カゼミーロの主な機能は最終ラインをプロテクトするスクリーンであり、攻撃の局面ではシンプルなパスによってビルドアップを助けることです。ジョルジーニョはゲームメイクそのものが最も重要な機能です。具体的な例を挙げての掘り下げは後に回すとしても、選手を描写するためにはポジションではなくタスクに注目する方がいいという点については、もはや異論はないと思います」
片野「この変化はどこからやってきたのでしょう?」
ガリアルディ「大きな理由は2つあります。まず1つは、こうしたタスクの差異は以前から存在していたけれど、我われがそれを特定して分類する視点や言葉を持っていなかったこと。この十数年間に大きく進んだグローバリゼーションとテクノロジーの進歩によって、サッカーの試合をどう分析し理解するかという研究は大きく進みました。監督たちも我われマッチアナリストも、その一部を担いまたその恩恵を受けているということです。もう1つは、その結果としてサッカーの戦術そのものも大きな進化を遂げたことです。私はコベルチャーノ(FIGCテクニカルセンター)での授業で、イタリアサッカーを題材にその歴史的変遷を説明しています。1960年代から90年前後まで、イタリアサッカーには戦術的なバリエーションはほとんどありませんでした。システム、ポジション、個々のプレーヤーが担うタスクは事実上固定されていたのです。右SBは背番号2で敵のセカンドトップをマークするのが仕事だった。82年W杯で優勝したイタリア代表のクラウディオ・ジェンティーレを思い出してくれればいいでしょう。CBは背番号5のストッパー(敵CFをマーク)と6のリベロ(最後尾のスイーパー)、背番号3の左SBは、敵の右ウイングをマークしつつライン際を上下動して攻撃にも参加するタスクを担っていました」

片野「一番最後の世代だと5番がファビオ・カンナバーロ、6番はフランコ・バレージ、3番はパオロ・マルディーニですかね」
ガリアルディ「そういうことです。中盤は守備的な4番と万能型の8番、そして攻撃の司令塔である10番、前線は7番の右ウイング、9番のCF、そして左寄りの位置を起点にプレーするセカンドトップである11番という構成でした。そしてリベロを除くすべての選手がマッチアップして噛み合う関係にあった」
バルディ「当時はマンツーマンディフェンスが基本でしたから、2番vs11番、5番vs9番、3番vs7番、4番vs10番というふうに、マッチアップが完全に固定されていたんです」
ガリアルディ「背番号とポジションとタスクがすべてぴったり一致しており、例外はなかったということです。もちろん選手は一人ひとり異なるキャラクターを持っていたわけですが、7番の仕事は常に同じで、右サイドに張り付いてドリブルで縦に抜け出しクロスを折り返すものと決まっていた。私はこの時代を『スペシャリストの時代』と呼んでいます。それぞれのポジションには決まったタスクがあり、それをよくこなすことが唯一最大の問題だった。背番号2のジェンティーレには、ビルドアップの起点になってパスを散らしたり、ドリブルで持ち上がって中盤に数的優位を作り出すことなど誰も要求しませんでした」
片野「むしろそんなことをしたら怒られた」
特定のシステムに選手を当てはめる「駒の時代」
……
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。