「ゴッドファーザー」が変えたスイスサッカー。“欧州で最も厄介な中堅国”の育成改革
TACTICAL FRONTIER~進化型サッカー評論~#30
『ポジショナルプレーのすべて』の著者で、SNSでの独自ネットワークや英語文献を読み解くスキルでアカデミック化した欧州フットボールの進化を伝えてきた結城康平氏の雑誌連載が、WEBの月刊連載としてリニューアル。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つ“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代フットボールの新しい楽しみ方を提案する。
第30回は、欧州屈指の「中堅国」として北中米W杯でもベスト8入りしたスイス代表を取り上げる。1990年代半ばから始まった育成改革は、全国リーグ創設やアカデミー認定制度、小規模クラブとの連携、さらには「人格」を重視する選手評価へと発展し、2009年のU-17W杯優勝や現在の安定した代表強化へとつながった。ロイ・ホジソン時代を契機に「ゴッドファーザー」と呼ばれたハンスルエディ・ハスラーが築いた改革の全貌から、人口900万人弱の国が世界トップレベルと渡り合い続ける理由を探る。
リオネル・メッシがキャリアの集大成となる活躍を見せるアルゼンチン代表。北中米W杯で、彼らを最も苦しめたチームの1つがスイスになるだろう。前回王者に延長戦で惜しくも敗戦した彼らは、着実な育成で成果を積み重ねてきたことでも知られている。今回は欧州の中堅国スイスが、どのように世界トップクラスのチームに近づいてきたのかを探っていきたい。
1994年、スイス代表は今大会と同じくアメリカが開催地となったW杯への出場を果たした。スイス最高のゲームメイカーとして知られ、ミランやバイエルンでもプレーしたチリアコ・スフォルツァを中心に、サイドハーフのアラン・ズッターやドルトムントで得点を量産したステファヌ・シャピュイサら実力者を擁したスイスは、ベスト16で大会を終えた。彼らはその結果に満足することなく、未来を見通したような改革を進めてきた。その取り組みは、2000年代に結実することになる。
2004年以降、スイスは12回の主要国際大会のうち11大会に出場し、そのうち8大会でグループステージ突破を果たしている。強豪国と比べればリソースの面で劣る彼らだが、激戦区であるヨーロッパで安定した結果を残し続けていることは驚きだ。1966年から1994年までの間、スイスは主要国際大会に一度も出場できなかった時期もある。スイスの物語は、1990年代半ばに始まった。
「ゴッドファーザー」が始めた育成改革
「長年、私たちは世界のサッカー界では無名の存在でした。興味深いことにスイスでは昔からサッカーをする子どもは多かったのですが、それを成功へと結びつけることができませんでした。ところが突然、まるでどこからともなく1つの世代が現れたのです。ロイ・ホジソンは、その選手たちをまとめ上げて素晴らしいチームを築きました。そしてスイス国民は、強い代表チームを持つことがどれほど素晴らしいことかを知ったのです。当時、協会の上層部はこう言いました。『今ここで何か行動を起こせば、私たちはこれからも世界で存在感を示し続けられるだろう。しかし、この世代が過ぎ去れば、再び無名の存在に戻ってしまうかもしれない』と」
こう語るのは、改革の立役者であり、かつてナショナルコーチ養成センターの講師も務めたハンスルエディ・ハスラーである。
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Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。
