11対11なら勝者は違った?アルゼンチンを追い詰めたスイスのマンツーマン大作戦
【特集】北中米W杯深掘り分析スペシャルレビュー#13
4年に1度のW杯は、後世に語り継がれる名勝負の宝庫だ。しかし高度化した現代サッカーの裏側には、徹底した分析と綿密なシミュレーションに基づく極限の戦術的駆け引きが存在する。footballista編集部が選んだ識者たちが、注目国同士による「本気の闘い」を深掘りレビュー。あの90分で何が起きていたのか。勝敗を分けた戦術の妙に迫る。
第13回は、準々決勝のアルゼンチン対スイス。リオネル・メッシ擁するアルゼンチンを止めるにはどうすればいいのか。スイスが導き出した答えは、「ボールを持たせない」ことだった。徹底したマンツーマンプレスでビルドアップを封じ、アルゼンチンはロングボールを蹴るだけの状態に。一瞬の隙を突いてアルゼンチンが先制したものの同点に追いつかれ、時間の経過とともにボールを持つスイスの優位が強まっていく。しかし勝敗を分けたのは、ブレール・エンボロの予期せぬ退場劇だった。配置の噛み合わせ、プレッシングの攻防、そして退場後に始まった采配合戦まで。アルゼンチンが苦しみながらも勝ち切った理由を戦術的に解き明かす。
「ボールを持たせない」徹底したマンツーマンプレス
リオネル・メッシと愉快な仲間たちの快進撃をどのように止めるか。スイスの答えは「アルゼンチンにボールを持たせない」という策だった。
言うは易く行うは難し。そんなことわざをまるで知らないかのように、スイスはアルゼンチン対策をやりきってみせた。なお、これは次戦でアルゼンチンと相まみえるイングランドも応用可能であろうと、怖いことを先に言っておく。
アルゼンチンのビルドアップは個々の能力の高さに依存している。クリスティアン・ロメロ、リサンドロ・マルティネスのCBコンビは、ボールを運んで味方を解放することもできれば、フリーの味方を発見してボールを届けることもできる。特にリサンドロ・マルティネスのロングパスは、オランダの名手ロナルド・デ・ブールを彷彿とさせるほどだ。
CBの前には伝統のアンカー仕事を巧みにこなす、レアンドロ・パレデスが鎮座。巧みなゲームメイクによって、アルゼンチンのボール保持の指揮を執っている。ラウンド16のエジプト戦に続いてパレデスが先発したことによって、アレクシス・マカリステルを左インサイドハーフという高い位置で使い続けられることは、アルゼンチンを本来の姿に近づける要素となるはずだった。“はずだった”と書いた理由は、この試合で全く機能しなかったからだ。
対するスイスは、アルゼンチンにボールを保持させないためにマンツーマンのプレッシングを実行する。2トップのブリール・エンボロとファビアン・リーダーが両CBを、左セントラルハーフのグラニト・ジャカがパレデスを監視するという、GKエミリアーノ・マルティネスに近い選手たちをあらかじめ捕まえる計画だ。SBとサイドハーフの選手たちは中間ポジションを駆使しながら、ほぼマンマークに近い状況を成立させたスイスは、言うならば欧州の流行であるハイプレッシングを[4-3-1-2]で愚直に実行してきた。
近くにパスの選択肢がことごとくないエミリアーノ・マルティネスの振る舞いは、マンツーマン対策としては原則通りとなった。すべてのエリアが同数ならば、最前線で勝負する。アルゼンチンに空中戦の的になれる選手はいないので裏まで蹴っ飛ばし、ひたすらに走るCFフリアン・アルバレスが何度も目撃されている。
ロングボール大作戦の長所はボールを失っても、整理された状態で迎え撃つことができること。そこでのリスクが限りなく少ない。アルバレスがマイボールにできれば御の字、相手が触ってスローインになればOKというくらいのリスクマネージメントを重視したプレーだった。スイスも徒競走は大変そうだったが、左CBのマヌエル・アカンジをはじめとする守備陣が何とか対応。無茶振りが人を育てるとも思っているので、このあたりは同数で勝負してほしいと個人的には考えている。なお、このアルゼンチンのロングボール徒競走作戦は、リスクを回避する意味では機能していたが、アルバレスの勝率は決して高いものではなかったので、個人的には微妙という評価となった。
アルゼンチンにロングボールを蹴らせることに成功したスイス。そこから保持することができれば、メッシと愉快な仲間たちからボールを取り上げられる状況が成立する。アルゼンチンのプレッシングの配置は[4-3-1-2]。トップ下に配置されたエンソ・フェルナンデスがゲームメイカーのジャカを担当する役割となっている。
一見すると、スイスのプレッシングの形と似ているように感じるが、アルゼンチンはそこまでマンツーマン志向ではなく、前線にメッシがいるためか、ハイプレッシング志向でもない。そのためジャカが中央から移動し、右セントラルハーフのレモ・フロイラーと2人でエンソを挟み込むような立ち位置を取ることによって、ボール保持を安定させることができていた。それでもアルゼンチンは、ピッチの果てまでどこまでも限りなく追いかける前田大然のように、プレッシングをする選手がときどき出て来るところがにくい。
もともとメッシに絶え間ないプレッシングを期待することができないアルゼンチンからすれば、ハイプレッシングで頑張るよりもさっさとミドルプレスに撤退する方が理に適っているので、配置に抗う姿勢を見せることもない。その噛み合わせでフリーになりやすいSBと立ち位置を変化したセントラルハーフコンビを使うことで、スイスは相手からボールを取り上げる目標をあっさりと達成していった。
アルゼンチンからすれば、試合の主導権を握れない噛み合わせ。ボールをつなごうとしても、ビルドアップの起点となるべき選手は全員捕まっている。相手からボールを奪おうとしても、スイスは立ち位置を変化させるだけの柔軟性を持っていた。
パレデスの下りる動きが生んだスイスの乱れ
この状況を解決するために最初に動いたアルゼンチンの選手は、パレデスであった。CBの間に下りるプレーで、ジャカにどこまでついてくるかの提案を行う。その動きは想定内だったはずだが、ジャカは少し困った様相。おかげでアルゼンチンはGKからビルドアップ隊、特にCBにボールを届けることだけはできるようになっていった。
「トップレベルになればなるほどにミスを見逃してくれない」と言われている。この言葉には続きがあって、「ミスを見逃してくれるのは相手のクオリティに助けられているだけ」とつながっていく。アルゼンチンはもちろんトップレベルであり、スイスのわずかなミスを見逃さずに先制点を奪うのだから流石である。
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Profile
らいかーると
昭和生まれ平成育ちの浦和出身。サッカー戦術分析ブログ『サッカーの面白い戦術分析を心がけます』の主宰で、そのユニークな語り口から指導者にもかかわらず『footballista』や『フットボール批評』など様々な媒体で記事を寄稿するようになった人気ブロガー。書くことは非常に勉強になるので、「他の監督やコーチも参加してくれないかな」と心のどこかで願っている。好きなバンドは、マンチェスター出身のNew Order。 著書に『アナリシス・アイ サッカーの面白い戦術分析の方法、教えます』 (小学館)。
