【footballista TALKレポート】「選手を育て、売る」の理想と現実。岡田明彦が語るプレーヤートレーディングの本質とは
footballista TALKレポート#2
「footballista TALK(フットボリスタ・トーク)」は、国内外のサッカーに精通する専門家を招き、特定のテーマをめぐって議論を深めていくトークイベントだ。その内容を要約したレポートを、WEB版として公開する。
第1&2回は、徳島での27年間の旅路を終え、現在はエージェント事務所『SARCLE(サークル)』で新たな一歩を踏み出した岡田明彦氏が登場。
前編では、「監督選びとクラブフィロソフィ」を軸に、徳島ヴォルティスがいかにして「自分たちの色」を築いたのかを紐解いた。では、その“色”を維持しながら、クラブはどうやって生き残るのか。
後編のテーマは「チーム作りのサイクルと移籍戦略」。予算規模に限界がある地方クラブが、いかにして魅力的な選手を集め、事業規模を拡大させていったのか――。その核心にあるのが、岡田氏がいち早く実践した「プレーヤートレーディング」である。その理想と現実に迫る。
「徳島に来れば成長できる」――集人戦略としての移籍モデル
今でこそJリーグにおいて若手選手の海外移籍や、欧州の市場を中心とした移籍金ビジネスは、日常的な光景となったが、岡田氏がこの戦略を意識し始めた2017年当時、Jリーグはまだ「目の前の試合に勝つこと」こそが強化の最も重要な要素であり、選手の市場価値を上げるという発想は極めてマイノリティだった。
なぜ、岡田氏は周囲に先駆けて選手を他のチームへ売却して移籍金を得るビジネスモデル「プレーヤートレーディング」の戦略を打ち出したのか。その答えは、地方クラブが直面する「集客」ならぬ「集人」の苦悩にあった。
「シンプルに、どうやったら徳島に選手が集まってくれるかなと考えたんです。徳島はグラウンドがあって環境が良く、フットボールに打ち込める土壌はある。そこで『しっかり打ち込んだら、その先に道がある』という形を意図的に作ることができれば、そこに人(選手)が集う。『徳島に来たら成長できるんだ』と思ってもらうことは重要でした」
この確信の裏には、2人の象徴的な成功例があった。かつてレンタル移籍で徳島に加わり、その後日本代表へと大きく羽ばたいた柿谷曜一朗氏と、コートジボワール代表へ上り詰めたドゥンビア・セイドゥ氏だ。
移籍は“流出”ではない。投資と回収のサイクル
「たまたまですけど、当時は(セレッソ大阪で)出番を得られなかった柿谷選手や(柏レイソルから)ドゥンビア選手がレンタルで来て、ここで機会を得た。その後、柿谷選手はセレッソに戻って代表に入り、ドゥンビア選手はスイス(ヤングボーイズ)で活躍して代表まで上り詰めた。どう移籍金収入や連帯貢献金を事業規模として上げていくか。普通はゼロで終わってしまうので、育成を含めて若い選手に投資して、現金化していくスキームを作っていくことで、いろんな事業規模の拡大もできる」
実際に、徳島はその後、MF藤田譲瑠チマやFW宮代大聖ら、後に日本代表クラスに成長する選手らを育てて他クラブへ売却。岡田氏が蒔いた種は、時を経て数字として証明された。また、2024年にJリーグが公開した同年のJリーグクラブ移籍金収入ランキングにおいて、徳島ヴォルティスはJ1・J2を合わせて3位という驚異的な順位にランクインした(これは実質的に岡田氏の在任期間の成果と言えるだろう)。
岡田氏は「(3位という数字は)大きい案件があったからだと思いますが」と前置きした上で、育成補償金や連帯貢献金で収益を得た点についても「柔軟にやりました。志を持っている選手は集ってほしいし、(海外へ)行って上手く活躍したら、向こう(欧州)の基準で買い取られて、 その何パーセントかの連帯貢献金も入ってきます」と、移籍を単なる「流出」ではなく、クラブを潤す「投資の回収と再投資」のサイクルとして定義した。
宮代大聖(左から1番目)と藤田譲瑠チマ(左から2番目)
低年齢化する海外移籍と18歳問題
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Profile
白谷 遼
2025年度まで縄手猟名義で活動。サッカー専門媒体『エル・ゴラッソ』で東京ヴェルディを担当。これまで日本代表、Jリーグ、大学・高校サッカーなど、プロアマ問わず幅広く活動している。小学校の頃に見たパク・チソン、イ・ヨンピョの活躍に感銘を受けて韓国サッカーにハマった埼玉県民。韓国サッカーに深い造詣があり、興味の守備範囲は広い。
