「うまいが怖くないチーム」の実状。2025年のサガン鳥栖がたどったチームビルディングの齟齬
プロビンチャの息吹~サガンリポート~ 第22回
1年でのJ1復帰を果たすことは叶わなかった。セレッソ大阪から小菊昭雄新監督を迎え入れ、14年ぶりに足を踏み入れたJ2のステージ。サガン鳥栖は開幕3連敗という最悪のスタートを切りながら、夏前には少しずつ新スタイルにも手応えをつかんでいたものの、後半戦でギアを上げ切ることはできず、来シーズンもJ1を目指して戦うことになった。では、果たしてチームの中ではどんなことが起こっていたのか。鳥栖の伴走者・杉山文宣が、その実状へ鋭く迫る。
※2025年12月11日に内容の一部を修正
藤枝で訪れた今季の終戦。1年でのJ1復帰は果たせず
11月23日、藤枝総合運動公園サッカー場での藤枝MYFC戦に臨んだサガン鳥栖だったが、スコアレスドローに終わると6位以内の可能性が消滅。残留を確定させた藤枝側の喜びとは対照的に、1年でのJ1復帰が果たせなかった鳥栖は、静かにその現実を受け止めるしかなかった。
最終節のジュビロ磐田戦にも敗れ、降格初年度のラスト5試合を未勝利(2分け3敗)でフィニッシュ。降格した昨季も夏の監督交代後、未勝利のまま降格を迎えたのと同様に、あまりにあっけない終わりを迎えてしまった。
「知り合いの選手には『鳥栖はうまくて、ボールを奪えない』と言ってもらうことも多かったけど、『怖くない』と言われることも多かった。そこが今季の自分たちの大きな課題だったと思います」
藤枝戦後のミックスゾーンで新井晴樹はそう語った。他チームから見た鳥栖の評価は実に的を射ている。著者も対戦相手に知った顔がいれば鳥栖の評価を尋ねてきたが、ほとんどの人たちが「うまいけど怖くはない」といった評価に終始した。実際に鳥栖は8月以降、昇格を争う上位のライバルたちから1勝も挙げることができなかった。
これは決して偶然ではない。どうして鳥栖は「うまいが怖くない」チームになってしまったのか。そこにははっきりとした原因があり、それが1年でのJ1復帰に届かなかった大きな要因になったことは間違いなかった。
開幕3連敗を経た大幅なスタイルチェンジで上昇気流に
開幕3連敗でスタートした鳥栖は第4節も引き分けに終わり、J2優勝を掲げながら最悪の船出となってしまった。しかし、第5節から大幅なスタイルチェンジを施す。もともと保持を武器の一つとしてチームビルディングを進めてきたが、よりその色を強めた。3バックシステムの2シャドーがボランチに近い位置まで落ちて、後方での数的優位を作り出しながら相手のプレスの矢印を折っていく。ボール保持からの前進をより安定させる。
「これまで3バックのチームも見てきましたが、あそこまでシャドーがチームを前進させるところに関わる、ビルドアップの出口になるというのはなかった」
経験豊富な西澤健太が驚くほどのやり方だったが、この大胆な変更が奏功し、第5節のRB大宮アルディージャ戦で今季初勝利を挙げる。勝利という特効薬で方向性が定まったチームは、これをベースに試合を重ねるごとに練度が高まっていく。
また、シーズン始動以来、4バックで準備してきたことから、3バック時のプレスデザインについては時間を割くことができていなかったが、強気なライン設定を持ち味とする今津佑太や、中盤の底からアグレッシブなプレスを見せる西矢健人の存在もあり、その部分も徐々に向上していった。
練度を高めていったチームは前半戦を終えて8勝5分け6敗、勝点29の7位で後半戦へと向かうことになった。当時、首位だったジェフユナイテッド千葉との勝点差は9。開幕3連敗、4戦未勝利からの船出を考えれば、それ以降の勝点ペースを考えても逆転優勝は決して夢物語ではなかった。ただ、後半戦で鳥栖に待っていたのは、勝負の世界の厳しい“現実”だった。
試合を重ねれば重ねるほど、当然ながら対戦相手は鳥栖のデータを手に入れることになる。後半戦が前半戦よりも難しいとされるのは、どの相手にとっても“初見”ではなくなるからだ。しっかりとした鳥栖対策を相手は施して臨んでくるなかで、それを上回ることができなければ、勝利をモノにすることはできない。その鳥栖対策に鳥栖は苦しめられ、ときには自滅し、自分たちから沼にハマっていった。
再現性の高さがもたらした“諸刃の剣”
8月に入ると鳥栖はホームでV・ファーレン長崎、水戸ホーリーホックとの連戦を迎えた。逆転優勝を目指すうえで落とすわけにはいかない重要な直接対決だったが、この時期に鳥栖は得点力不足から、これまでの[3-4-2-1]から[3-1-4-2]を運用するようになっていた。
中盤の底を1枚で運用することで前線の枚数を確保し、チャンスの際に前に掛ける人数を増やす狙いだった。ただ、いくら形を変えても後方で数的優位を保ちながら安定してボールを運ぶという、チームとしての“本質”は変わらない。チームとして洗練されているがゆえに生み出せる再現性の高さは鳥栖の持ち味だったが、それゆえに相手としても対策がしやすく、諸刃の剣でもあった。
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Profile
杉山 文宣
福岡県生まれ。大学卒業後、フリーランスとしての活動を開始。2008年からサッカー専門新聞『EL GOLAZO』でジェフ千葉、ジュビロ磐田、栃木SC、横浜FC、アビスパ福岡の担当を歴任し、現在はサガン鳥栖とV・ファーレン長崎を担当。Jリーグを中心に取材活動を行っている。
