広島がJリーグ マネジメントカップで14位→1位に急成長。久保雅義社長と考える「新スタジアム効果」と「Jクラブ経営の未来」
サンフレッチェ情熱記 第30回
1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始し、以来欠かさず練習場とスタジアムに足を運び、クラブへ愛と情熱を注ぎ続けた中野和也が、チームと監督、選手、フロントの知られざる物語を解き明かす。第29回は、Jリーグ マネジメントカップ 2024で前年の14位から1位にジャンプアップした広島のクラブ経営について久保雅義社長に話を聞いた。新スタジアム効果の内実、そしてJクラブ経営の未来について考えてみたい。
10月1日、サンフレッチェ広島から一通のリリースが流れた。以下、クラブ公式サイトの記事を引用する。
「サンフレッチェ広島は、デロイト トーマツ グループ発表の『Jリーグ マネジメントカップ 2024』において、サンフレッチェ広島がJ1クラブランキングで初めて1位となりましたことをお知らせします。
『Jリーグ マネジメントカップ 2024』は、マーケティング、経営効率、経営戦略、財務状況に対して、デロイト トーマツ グループが独自のKPI(Key Performance Indicators:重要業績評価指標)に基づいて項目別にランク付けを行い、そのランキングに応じたビジネスマネジメントポイントが付与されます。
サンフレッチェ広島は、マーケティング分野、財務状況分野で1位、経営効率分野で2位となり、前年の14位から大きな飛躍を遂げて初の1位となりました。
エディオンピースウイング広島開業からJ1リーグ戦において1試合を除きホーム・アウェイ全ての席種が完売(リセール分除く)し、完売記録は昨シーズンから10/4開催のFC町田ゼルビア戦まで24試合連続となります。
これもひとえに、サンフレッチェ広島を応援してくださるすべての皆様のおかげです。
改めて感謝申し上げるとともに、これからも『サッカー事業を通じて、夢と感動を共有し、地域に貢献する』いう理念のもと、皆様から愛されるクラブとなるよう、努力してまいります」(引用ここまで)
浅学の自分は「デロイト トーマツ グループ」を知らなかった。
総従業員数4万人を超え、売上は9兆円規模に達すると言われる世界最大級の会計事務所「デロイト・トゥシュ・トーマツ」の日本での活動を担っているのが、デロイト トーマツ グループだ。ちなみに「トーマツ」とは日本人会計士である等松農夫蔵からとられている。等松は戦後の経済界に「監査」という概念を植えつけた偉大な会計士であり、世界四大会計事務所の一つであるデロイト トゥシュ トーマツが彼の名前を冠していることには、大きな意味があると言えるだろう。
そのデロイト トーマツ グループが2014年から発表しているのが「Jリーグ マネジメントカップ」だ。J1・J2・J3の全クラブを対象に、JリーグやJクラブが実施した具体的な取り組みの効果を客観的に定点観測し、ビジネスマネジメントの側面(経営面)でまとめたもので「Jリーグが積み重ねてきた経験を将来の持続可能な成長につなげていくための一助」とデロイト トーマツ グループは説明している。
評価指標はマーケティング、経営効率、経営戦略、財務状況。この4分野において、2025年7月にJリーグから公表された全60クラブの2024年度の財務情報など公開情報をもとに、試合に勝つための「フィールドマネジメント(以下「FM」)」と同様に重要な、ビジネスとして収益を上げ事業拡大をするための「ビジネスマネジメント(以下「BM」)」に焦点を当てている。
新スタジアム効果で売上高成長率91.4%増
このマネジメントカップにおいて、2024年度の広島に対する評価はすこぶる高い。マーケティング・財務状況の2分野で1位、経営効率分野でも鹿島に次いで2位を獲得。トータル180ポイントを獲得し、2位浦和に7ポイント差をつけて初の首位を獲得した。
分析レポートを引用しよう。
「広島はホームスタジアムを2024年2月に開業した『エディオンピースウイング広島』に移し、平均入場者数が約1.7倍、スタジアム集客率が約2.4倍、さらに売上高成長率も91.4%増といずれも前年比で驚異的な伸びを記録しました。常に『満員のスタジアム』を生み出すことに成功し、入場者の観戦体験の満足度とスポンサーシップの価値が高まり、それがさらなる集客効果や新規のパートナーシップを誘引する好循環を生んでいます」(引用ここまで)
このマネジメントカップにおける詳細な分析はこちらのPDFファイルに書かれてあるので、ぜひ参照していただきたい。
それにしても、広島が「経営面」においてポジティブな評価を得られる時代がくるとは、想像もしていなかった。1997年オフには経営危機が表面化し、存続の危機が叫ばれた。2011年には累積赤字解消のために減資を実行せざるを得ず、翌年のリーグ優勝を置き土産として本谷祐一代表取締役社長が引責辞任してしまう事態となった。
本谷元社長は前述した経営危機表面化の際には事業本部長に就任し、久保允誉社長(現会長)の懐刀として辣腕を振るった方で、2007年のJ2降格時に社長就任。大胆なフロント改革を実行し、一方でサポーターの声にも耳を傾けて意見を集約。また新スタジアム建設に向けての署名活動をスタートさせ現在の好況の基礎をつくり、強化面では森保一監督就任への道筋をつけた人物である。
サンフレッチェ広島の危機を救った手腕は各所で高く評価されている方が引責辞任せざるをえなかった。それほど「減資」という決断は重い。
交通アクセスの劇的な改善と周辺地域との一体化
そういう時代を経ての現在である。久保雅義社長はこの現実をどう受け止めているのか。久保社長の入社は2012年、初優勝の時。スタンドが埋まらず、閑古鳥が鳴いていた時代も知っている。
「広島ビッグアーチ(現ホットスタッフフィールド広島)時代は、『いかにお金を使わずに集客するか』という努力をしていました。手作り感もありましたし、場所の制約も大きかったですね。
またアクセス面で言えば、私が入社した頃は駐車場が約8000台ありました。そこから様々な事情で減ってしまい、移転前は1000台ほどしかなかったんですよ。スタジアムのアクセス問題では、お客様にご不便をおかけしていたと思います」
広島中心部から公共交通機関で40分~1時間を要し、最寄り駅(アストラムライン広域公園前)からも急な坂道を15~20分も費やして登らないといけない。それが今や、広島市中心部にスタジアムが存在し、JRも市内電車もバスも含めて、様々な交通手段でアクセスできる。紙屋町や八丁堀といった広島経済の中心部から徒歩圏内。これ以上ない立地での新スタジアムが、広島の観客動員を押し上げたことは言うまでもない。
「そうですね。今は毎試合2万5000~6000人のお客様に来場いただき、試合後は約30分でサポーターのみなさんが広島の街に去っていく。これは他のスタジアムではまず、ないことです。入退場のアクセスにかかるストレスの軽減は、観客のみなさまにとっては非常に大きな利便性となっています」
郊外型のスタジアムが難しいのは、「行く」ことよりも「帰る」ことのストレスだ。
「行く」時間帯はサポーターによって様々だが、「帰る」時間はおおむね同じで、1万人単位の人々が同じ場所(駅や駐車場等)に殺到することが常だ。そしてこの時に「スタジアム渋滞」は発生する。広島でも旧スタジアム時代は、駐車場やシャトルバス乗り場に長蛇の列が発生。2015年チャンピオンシップの試合後は「帰宅難民」が発生し、中心街に戻った時は深夜1時くらいになって終電も終バスも終わっていたという「笑えないエピソード」もあった。だが、今のスタジアムでは、そういう「苦闘」はない。
「周辺住民の方々も、当初は交通渋滞を懸念していましたが、実際にはほとんど(以前と)変わっていません。試合後にお酒を呑まれる方も多いのですが、それはみなさんが公共交通機関をうまく使い、街中の立地を活かして来場している証拠ですね。いろんな意味で波及効果もあって経済効果が上がっている状況です。
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Profile
中野 和也
1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルート・株式会社中四国リクルート企画で各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年からサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するレポート・コラムなどを執筆した。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。以来10余年にわたって同誌の編集長を務め続けている。著書に『サンフレッチェ情熱史』、『戦う、勝つ、生きる』(小社刊)。
