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ボール支配率96%!?衝撃のリーガ昇格組エルチェ率いる“二代目セティエン”、エデル・サラビアの哲学

2025.09.12

サッカーを笑え #50

開幕3試合を終えた今季リーガで、昇格組ながら確固たるスタイルを披露し、異彩を放っているチームがエルチェである。昨夏に就任した44歳のスペイン人指揮官、エデル・サラビアとは何者なのか?

ゴリゴリのポゼッション原理主義、ではない

 どうやら日本にも衝撃的なニュースが届いたらしい。リーガ第3節エルチェ対レバンテの15分過ぎ、エルチェのボール支配率がなんと96%!に達した。パス本数にすると145本対7本。監督がその筋では注目されていたエデル・サラビアであったことも話題だったろう。

 世界最高のスーパーポゼッションチームがスペインに現れたのだろうか?

 はははは。もちろんこの数字にはからくりがある。レバンテは敵陣ではノープレス、自陣でさえ最終ラインにはプレスをかけない、という戦法を採った。ほぼほぼノータッチのまま相手にシュートやセンタリングを撃たれるノーガード状態。そんな中ポゼッションの数字はバンバン上がっていった。この戦い方は一見自殺行為のようだが、レバンテ監督フリアン・カレロはこの日までサラビア相手に負け知らず(他チームでの対戦を含む)だったので、それなりに勝算があったのだろう。結局この試合はエルチェの2‐0でサラビアは対カレロ初勝利を飾った。支配率は最終的に67%に落ち着いた。まあ、こんなものだろう。96%なんて相手チームの“協力”抜きにはなし得ない。

 エルチェのここまで3試合の数字をまとめてみた。昇格組でありながら1勝2分の7位は大健闘で、どうやら今季のサプライズになりそう。戦術的にはレアル・マドリー、セルタとともに「ポゼッションによるボール&スペース支配3強」を形成している。サラビアのサッカーはシャビ・アロンソ(現レアル・マドリー監督)がレバークーゼンでやっていたものと、セルタでクラウディオ・ヒラルデス監督がやっているものに似ている。3バック、4バック、5バックに可変し、ショートパスを丁寧に繋いで攻め急がない。肝心のボール支配率は68→42→67%で、アトレティコ・マドリー相手には50%を切っている。かなり攻め込まれたが耐えて引き分けに持ち込んだ試合で、硬直したポゼッション至上主義ではないと感じた。その点ではサラビアはモダンな監督なのだろう。

■開幕3試合のスタッツ

第1節(H)対ベティス:1‐1
ボール支配率:68%
シュート:6本
被シュート:12本

第2節(A)対アトレティコ・マドリー:1‐1
ボール支配率:42%
シュート:6本
被シュート:13本

第3節(H)対レバンテ:2‐0
ボール支配率:67%
シュート:16本
被シュート:11本

■基本フォーメーションと主要メンバー
[3‐1‐4‐2]

   ラファ・ミル  A.ロドリゲス
   (A.シルバ)

バレラ  フェバス  メンドサ  ヌニェス
(ペトロ)(ネト) (A.ウアリ)(H.フォルト)

        アグアド
       (レドンド)

 ビガス アッフェングルーバー チュスト
                (ジョン)

       ディトゥーロ
       (ペーニャ)

 サラビアの師匠はキケ・セティエン(現北京国安監督)である。

 ラス・パルマス(2015-17)、ベティス(2017-19)、バルセロナ(2020)で彼の下で助監督をしていた。ゴリゴリのポゼッション原理主義者セティエンからより柔軟なサラビアが生まれた。年齢が親子ほど違うので、世代が違えば見える景色も違う、ということなのだろう。頑固一徹で町工場の経営が傾きかけた先代と、いろいろ手を出したりして商売に長けた二代目、という感じ。この親子は性格もまったく違う。静かに戦況を見守る親父と、ベンチから飛び出し叫ばずにいられない息子。紳士とやんちゃ。バルセロナ時代にはサラビアの罵声がテレビカメラに捉えられて、激怒したメッシ(現インテル・マイアミ)と対立。セティエンの退陣を決定的にした、なんてこともあった。

サラビアは大きく蹴る、32では繋がない

 グラウンド上での両者の最大の違いはボール出しに現れている。

 繋ぐベティスの創成期から見ていたので知っているが、セティエンは絶対に大きく蹴らない。GKからCBへ出たボールが相手FWにかっさらわれて即、失点なんてことがよくあった。それは覚悟の上で「私の責任」とセティエンは言っていたが、スタンドはドキドキハラハラの連続だった。GK、CB、セントラルMF、SB間でのワンタッチパスの連続でプレスをかいくぐろうとする曲芸は明らかに心臓に悪く、ショートパスの崩しにこだわってなかなかシュートを撃たないことと相まって、ファンの欲求不満が爆発。ベティス解任となっている。

 一方、サラビアは大きく蹴る。

……

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Profile

木村 浩嗣

編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。

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