“全権監督”コンテが掌握したセリエA王者ナポリ。25-26の課題は「CLとの二正面作戦」
CALCIOおもてうら#49
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、デ・ブルイネ加入が話題のセリエA王者ナポリの新シーズンを展望。チーム編成にもコンテ監督の意向が強く反映されたことでロジカルな補強で着実に選手層は厚くなっている。「リーグ戦には強いが、CLで結果を出せていない」名将にとって勝負のシーズンが始まる。
アントニオ・コンテ率いるナポリが、セリエA連覇に向けて順調な準備を進めている。マンチェスター・シティとの契約を満了してフリーになったケビン・デ・ブルイネを獲得して大きな話題を集めたことは周知の通り。移籍マーケットではさらに、セリエAに専念して戦った昨シーズン明らかに手薄だったポジションにレギュラークラスを次々と補強して、質と量の両面でCLとの二正面作戦に耐える陣容を構築しつつある。ライバルとなるであろう他クラブのチーム強化状況を踏まえても、優勝候補筆頭として開幕を迎える可能性は高い。
デ・ラウレンティス会長が「強化の権限」を手放した背景
コンテを監督に迎え、10位に沈んだ前年の屈辱を一気に晴らす過去3シーズンで2度目のスクデットを獲得したにもかかわらず、昨シーズンを終了した直後、ナポリの未来は霧に包まれていた。というのも、当のコンテが新シーズンに向けたチーム構想の不透明さ、そして古巣ユベントスからの復帰オファーを前にして、アウレリオ・デ・ラウレンティス会長に対し退任の可能性をちらつかせていたからだ。
コンテはこれまでにもユベントス、そしてインテルで、優勝直後に自らクラブを去るという決断を下してきた。優勝によってより高くなったハードルを越えるためには、それにふさわしい陣容で戦うべきであり、それが整わない状況で前年以上の成績を否応なく義務づけられ、さらにそれが達成できなかった時に責任を問われる立場に追い込まれるのは筋が通らない、というのがその理由だろう。
コンテがチームの戦力強化についての保証はもちろん、それに対する発言権をも求めていることは明らかだった。しかしデ・ラウレンティス会長にとって、それを受け入れることは、これまで一度も手放したことのないチーム強化を巡る監督との力関係の優位性を失い、対等に近い関係になることを意味する。「チームはオーナーが作る、監督はそれを率いて結果を出すのが仕事」という関係から、「オーナーは監督の要望を満たすチームを調えるのが仕事」という関係への移行と言ってもいいだろう。
2年前にオーナーとして初めてのスクデットを勝ち取った直後、多かれ少なかれ同じような権限を求めたルチャーノ・スパレッティ監督と決裂した結果、後任選びから始まった迷走の末に10位という惨状に陥った経験もあってか、今回デ・ラウレンティスはコンテの要求を受け容れ、大型補強による戦力強化を約束して引き留める道を選んだ。
それは、象徴的な意味において、ナポリが勝ち取った栄光が、(例えばミランにとってのベルルスコーニ、レアル・マドリーにとってのフロレンティーノ・ペレスのように)オーナー/会長の名において記憶されるのではなく、監督の名において記憶されることを受け容れるということでもある。常に自らが絶対的な主役であるかのように振る舞うことを強く好むデ・ラウレンティスのような人物にとって、それは簡単な選択ではなかったかもしれない。
……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。
