25-26で要注目?買収ドッキリと2度の破産危機にも遭った蘭2部、FCデン・ボスの放っておけない不思議な魅力
VIER-DRIE-DRIE~現場で感じるオランダサッカー~#18
エールディビジの3強から中小クラブに下部リーグ、育成年代、さらには“オランイェ”まで。どんな試合でも楽しむ現地ファンの姿に感銘を受け、25年以上にわたって精力的に取材を続ける現場から中田徹氏がオランダサッカーの旬をお届けする。
第18回では、来たる2025-26シーズンで注目すべき?買収ドッキリに2度の破産危機も乗り越えた「オランダで最も素晴らしいクソったれなクラブ」FCデン・ボスの中毒性について。
FCデン・ボスは私が今、最も注目しているクラブの1つである。2024-25シーズンの彼らはエールステディビジ(オランダ2部)20チーム中9位という凡庸な結果だったが、それまで2季続けて19位に沈んでいたことを思えば、そのジャンプ幅は大きい。しかも昇降格プレーオフではベスト4進出と、運さえ味方につければ2004-05シーズン以来のエールディビジ復帰も可能だった。
デン・ボスは人口16万人と、オランダの中では大きな部類の街だ。建物の色が淡いのが他都市と違うところ。夜のカフェ街はおいしい食事とアルコールを楽しむブラバントの人々でいっぱいになり、「ヘゼルフ(「心地よさ」を意味するオランダ人の口癖)」な空間を作っている。
その割にFCデン・ボスは、日本ではルート・ファン・ニステルローイがキャリアをスタートさせたクラブ、あるいはアヤックス、フェイエノールト、ジェフユナイテッド市原でプレーしたアーノルド・スホルテンが黄金期のMFとして活躍したクラブとして知られるくらいで、本当に地味な存在だ。オランダでも、彼らのことを気にかけて追っているサッカーファンは少ないだろう。
しかしFCデン・ボスには不思議な魅力がある。それは「オランダで最も素晴らしいクソったれなクラブ」であるということ。悲惨としか言いようのないシーズンの方が多いかもしれないが、それでも放っておくことのできない危うい中毒性が、この小さなクラブにはある。
2013年には「偽富豪事件」でオランダ中の笑いものに
FCデン・ボスの事件簿の1つに「偽富豪事件」がある。2013年、ドバイの富豪が資金難に喘ぐ彼らに目をつけ、自身が滞在するオランダのホテルのスイートルームにクラブ首脳陣を招いた。
富豪「我われは多額の投資をする準備があります。問題は監督。ルート・カイザー監督は我われのタイプではありません。次の監督として(ゼリコ・)ペトロビッチはどうでしょうか?」
クラブ「ペトロビッチ? (しばし沈黙の後)イエス。クラブが高いレベルに進むためには変化も必要でしょう」
富豪「クラブカラーも変えないといけません。(今のクラブカラーは青だが)昔のように黒と白にしないといけません。クラブ名もドラゴンズ・ユナイテッドにしたい(注:ドラゴンはデン・ボスの守り神)」
クラブ「ドラゴンズ・デン・ボスはどうでしょう。大きな変革になりますね」
富豪「我が社には多くの現金があります。ブラックマネー(帳簿に載らないお金)として払うことも可能ですか? 例えば選手を獲得する際、急いで決断をくださないといけませんよね。そのときブラックマネーを使うんです」
クラブ「ブラックマネー……。解決策を見つけます」
富豪「ちょっとセンシティブな事項ですが、同性愛者の選手がいないと保証できますか?」
クラブ「現時点では同性愛者はいないと言い切ることができます」
富豪「スタジアムでアルコールを売るのは止めてほしい」
クラブ「アルコールは禁止にします」
富豪「我われのカルチャーでは、スタジアムの入口は男女別々です」
クラブ「女性専用の席を設けて、そこでショッピングができるようにするのもいいでしょう」
富豪「今日のミーティングに満足しています」
クラブ「ありがとうございました」
実はこれは「偽の富豪」。オランダのニュースバラエティ番組『パウ・ニーウス』が欧州サッカー界にオイルマネーが流入し始めたのを見て、自国クラブが中東の投資家にどう対応するのか“報道”したのだ。カンブール、ウィレムⅡが断りを入れた一方、その買収提案に乗る構えを示したFCデン・ボスは国中の笑いものに。のちに「ミーティングの途中で、これはジョークと気づき、それに付き合っただけ」と釈明したが、監督交代に首脳陣が「イエス」と答えたことについて、カイザー監督は「胸糞悪い」と本気で怒っていた。
「救世主」から一転、青年実業家と泥沼の裁判沙汰に
しかし、この「偽富豪事件」はドッキリで済んだからまだよかった。FCデン・ボスはのちに2度の破産危機を迎えることになるからだ。
……
Profile
中田 徹
メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。
