パルマの29歳新監督は「成長における構造的な要素」。敏腕CEOケルビーニはなぜ、クエスタを抜擢したのか?

CALCIOおもてうら#46
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、途中就任からチームを残留に導いたクリスティアン・ギブの後任として、日本代表GK鈴木彩艶を擁するパルマの指揮を執ることになった29歳のスペイン人監督について。カルロス・クエスタとは一体何者なのか、その背景にあるケルビーニCEOの明確な中期ビジョンについて掘り下げてみたい。
アメリカではクラブW杯がたけなわ。出場しているヨーロッパのクラブは、基本的には昨シーズンの続きを引きずりながらも、レアル・マドリーやインテルのように新監督の下、新加入の選手を加えた陣容で戦っているところもあって、もはやシーズンの境目すら曖昧になっている状況だ。最後まで勝ち進めば7月半ばまで稼働しなければならず、それでいて8月半ばにはもう新シーズンが開幕する。出場クラブは財政的にはウハウハかもしれないが、選手やスタッフは本当にお気の毒というしかない。
「監督シャッフル」に透けて見える後ろ向きな動機
一方ヨーロッパでは、大部分の選手が短いバカンスを満喫する中、クラブは新シーズンに向けたチームの編成・強化に動き始めている。前々回の当連載で取り上げた通り、セリエAでは今夏も昨夏に続いて「監督シャッフル」が進行中。トップ10のうち、2位インテル(シモーネ・インザーギ→クリスティアン・キブ)、3位アタランタ(ジャン・ピエロ・ガスペリーニ→イバン・ユリッチ)、5位ローマ(クラウディオ・ラニエーリ→ガスペリーニ)、6位フィオレンティーナ(ラファエッレ・パッラディーノ→ステーファノ・ピオーリ)、7位ラツィオ(マルコ・バローニ→マウリツィオ・サッリ)、8位ミラン(セルジョ・コンセイソン→マッシミリアーノ・アレグリ)と6チームが監督交代に踏み切っている。
長期政権のサイクルが幕を閉じたインテルとアタランタは別として、残る4チームは前監督の在任期間が1年かそれ以下。「目先の結果」が出ないと、すぐに「目先を変える」方向に逃げようとする忍耐力のなさ、常に「目先」に振り回される中長期的な視点の欠如、その背景にあるイタリア特有の「マルモーレ」といったテーマについては、前々回すでに掘り下げた通りだ。
この「監督シャッフル」について今回あらためて掘り下げたいのは、その「選択の保守性」という側面について。上で見た新監督のうち、ピオーリ、サッリ、アレグリの3人はいずれも「出戻り」である。最終的にトゥドルの続投を決めたユベントスも、もともとの「本命」はやはり「出戻り」となるコンテだった。アタランタにしても、ガスペリーニの後任候補としてリストアップした中から選んだのは、最もガスペリーニ色の濃いサッカーをするユリッチ。客観的に見れば、昨シーズンはローマ、サウサンプトンという2つのクラブに途中就任していずれも途中解任、しかも後者はクラブが2部降格という、惨憺たる結果しか残せなかった監督である。
これらの選択に共通しているものがあるとすれば、それは「冒険したくない」「リスクを冒したくない」「できる限り安全な選択をしたい」「失敗したくない」という、きわめて後ろ向きの動機である。そこから、クラブとしての明確なビジョンに基づく新たなサイクルを拓こう、中長期的な視点に立ったプロジェクトを立ち上げ推進しようという前向きな意志を読み取ることは非常に難しい。
いくつかのクラブに関しては、昨シーズンそれを試してうまく行かなかった反動として、安全で手堅い選択を志向した結果、という説明ができないわけではない。例えばミランは足かけ5年続いたピオーリ体制の後、サッカーのコンセプトがまったく異なるフォンセカを招へいしたものの、指揮官がチームマネジメント上の問題を抱えるなどしてクリスマス直後に解任、その後任に就いたコンセイソンもチームを立て直すことができず、欧州カップ戦圏外の8位でシーズンを終えている。アレグリという選択が、昨シーズンの試みとは正反対の方向性を持っていることは明らかだ。
しかし、昨シーズンの失敗を、野心的・冒険的な選択をしたがゆえの結果と捉えるのは、あまりに短絡的に過ぎないだろうか。フォンセカ、コンセイソンという2人の監督に共通するのは、困難に直面した時にクラブからのサポートがまったく得られなかった、内外の「マルモーレ」がもたらす圧力に対してクラブが矢面に立つことをせず、逆に監督がスケープゴートのように扱われたという事実である。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。