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7位から昇格POを勝ち抜いてエールディビジ復帰!テルスターの奇跡に散りばめられたアマチュアサッカーのロマン

2025.06.23

VIER-DRIE-DRIE~現場で感じるオランダサッカー~#17

エールディビジの3強から中小クラブに下部リーグ、育成年代、さらには“オランイェ”まで。どんな試合でも楽しむ現地ファンの姿に感銘を受け、25年以上にわたって精力的に取材を続ける現場から中田徹氏がオランダサッカーの旬をお届けする。

第17回では、悲願の1部復帰を決めたテルスターに注目。エールステディビジ7位から昇降格プレーオフを勝ち抜いた奇跡に散りばめられているアマチュアサッカーのロマンとは?

年間予算は260万ユーロ、収容人数は4200人の小クラブ

 アムステルダムから西へ車で約30分のところにある小さな街、フェルセン。ここにテルスターというサッカークラブがある。1963年に2クラブが合併して生まれた彼らは、その前年にアメリカでNASAが打ち上げた世界初の通信放送衛星にちなんだ名前を持ち、ザ・トルナドースが奏でたエレクトロサウンズ『テルスター』を試合前の入場曲としている。

 テルスターが最後にエールディビジの舞台で戦ったのは47年も前のこと。年間予算は推定260万ユーロ。朽ち果てたゴール裏に仮設スタンドを建て、ようやく本拠711スタディオンのキャパシティは4200人になった。そんな2部の中でも小さなクラブが2024-25シーズン、奇跡を起こしたことをご存知だろうか。レギュラーシーズンだけで見ると辛うじて昇格プレーオフ出場圏内の7位を死守したチームに過ぎなかったが、その決勝まで勝ち進むとエールディビジ16位のウィレムⅡを1勝1分で葬り去って悲願の1部復帰を果たしたのだ。

 テルスター一筋13年、公式戦328試合に出場したかつての右SBアンソニー・コレイア(43歳)は引退後、古巣でコーチを務めながらアマチュアクラブの監督を兼任することで力を蓄え、2024年夏に晴れてその指揮官に就任。初年度から指導者としても歴史に名を残した。ウィレムⅡスタディオンで難敵を1-3で下した後、選手たちからお祝いの水を浴びた彼は「今季の戦いぶりを振り返ると、私たちはエールディビジに臨むに値する」と胸を張っている。

 私は時折テルスターのホームゲームを現地観戦する。そのうちの1つが昨年10月12日のデ・フラーフスハップ戦(2-2)だった。[4-3-3]の国であるオランダでは珍しく、フォーメーションは[3-5-2]。GKロナルド・クーマン・ジュニアはあの名リベロだった父親譲りのパス技術を生かしながら長短交えたキックでビルドアップの起点となり、3バックはMF陣とシームレスにポジションチェンジを繰り返してボールを前に運んでいく。ある場面ではDF全員が1列上がったため、GKと中盤2人が最終ラインを形成したほどだった。

 そしてライバルとの差を作ったのが、ストライカーのザカリア・エダチューリ。5分に味方からのフリーキックをボックス内左45度で受けると左足一閃、鮮やかに先制点を流し込んだ背番号10は、75分には技ありのドリブルでDFとGKを翻弄してから巧みに2-2へ追いつく同点弾を挙げている。この夜集まった2363人の観衆はテルスターの魅力あふれるサッカーと、エダチューリの千両役者ぶりに酔いしれた。

 そして帰宅後も興奮冷めやらぬ私はSNSにこう記した。

 「AZやアヤックスと競合するエリアであること、町の規模が小さなことから人気チームとは言い難いテルスターだが、スタジアムはかなり埋まって盛り上がっていた。

 ドイスボランチ(ダブルボランチ)が3CBより後ろにポジションを取ってビルドアップを始動したり、GKがフィールドプレーヤーにまじって組み立てに参加したり、テルスターの工夫は面白い。

 このGKはクーマンの息子で、親父同様、なかなかいいキックを持っている。セービングの美を追求しているのか、横跳びジャンプ時の姿勢が顔から爪先まで1本の線になっており、体操選手かと思った。

 途中から豪雨になったが、それでも濡れる心配がないのはオランダのスタジアムのいいところ。結果も2-2と面白いスコアで終わり、満足のいくエンターテインメントだった」

 この時点でのテルスターは強いチームではなかったが、例年より遥かにスタジアムに熱があった。年が明けた1月、再び711スタディオンを訪れた時にも、エンタメ性の高いフットボールでファンを熱狂させている。こうした積み重ねによって結果もついてきたのだろう。あのコレイア監督の「今季の戦いぶりを振り返ると、私たちはエールディビジに臨むに値する」という言葉に、私は首を縦に振るのであった。

両エースは「プロ下位とレベル差はほぼない」アマチュア上がり

 しかも、23試合で17ゴール2アシストを叩き出して得点ランキング首位に立っていたエダチューリは今年1月25日、ヨング・アヤックス戦(◯3-0)で沈めた2発を置き土産にスペイン2部のデポルティーボに移籍している。同じ2部リーグながらも、両チームのクラブとしての格を比べれば、明らかなステップアップだ。

 主砲の退団は、当時11位のテルスターにとって大きな痛手だったはず。しかし、むしろ彼らはオートマティズムの精度を高めて順位を上げていった。

……

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Profile

中田 徹

メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。

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