「こんなに規律の細かい監督は初めてだ」対岸の文化や哲学を持つスペイン人指揮官、ロティーナが低迷する東京Vにもたらした光

泥まみれの栄光~東京ヴェルディ、絶望の淵からJ1に返り咲いた16年の軌跡~#8
2023年、東京ヴェルディが16年ぶりにJ1に返り咲いた。かつて栄華を誇った東京ヴェルディは、2000年代に入ると低迷。J2降格後の2009年に親会社の日本テレビが撤退すると経営危機に陥った。その後、クラブが右往左往する歴史は、地域密着を理念に掲げるJリーグの裏面史とも言える。東京ヴェルディはなぜこれほどまでに低迷したのか。そして、いかに復活を遂げたのか。その歴史を見つめてきたライター海江田哲朗が現場の内実を書き綴る。
第8回は、低迷するチームに送り込まれた異種、クラブ史上初となるスペイン人指揮官、ミゲル・アンヘル・ロティーナの手腕によって東京ヴェルディが再生していく軌跡を描く。
始動日から2部練習と戦術トレーニング
ひとつのクラブを長く見ていく愉しみは、現在と過去を重ね合わせつつ、チームの変遷を観測できることにある。なじみのある選手と新しく入ってきた選手。点と点とを線で結ぶ、いわば星座をつくるようなものだ。ほかの人には輝きに乏しい三等星と位置づけられても、自分の眼にはピカピカの一等星に映る選手がいる。そうして形づくられるのは、自分だけの星座だ。
2017シーズンの東京ヴェルディは、夜空の中央に新しい巨星がでんと構える。クラブ史上初、スペイン人のミゲル・アンヘル・ロティーナを指揮官に招聘した。
2009年9月に日本テレビが経営から撤退して以降、東京Vはクラブの規模が縮小したことを受けてアカデミー出身の選手を中心にチームを編成してきたが、成果はなかなか出ない。育成組織を熟知する冨樫剛一監督の3年目、2016シーズンは18位に終わった。J1が遠のくばかりか、さらなる降格の危機に瀕した。
そこで、東京Vは大きく舵を切る。
ロティーナはリーガ・エスパニョーラでの実績が豊富で、1999-00シーズン、オサスナで1部昇格。02-03シーズンはセルタを4位に導き、翌年欧州チャンピオンズリーグベスト16。05-06シーズン、エスパニョールを率いてスペイン国王杯を制した。その一方、3つのクラブで降格も経験している指導者だ。
守備組織の構築に定評のあるロティーナは右腕のイバン・パランコ・サンチアゴとともに、基礎からトレーニングをスタートする。2017年1月12日の始動日から驚かされることばかりだった。いきなりの2部練習。そして11対11のビルドアップ、プレスのかけ方といった戦術的な部分に初手から踏み込む。
「選手たちとのファーストコンタクトは、基礎的なコンセプト、大切にしてほしいことの確認。午後の練習ではコンセプトのより細かい部分を伝えていきます。私たちが目指すフィロソフィー(哲学)を、チームに植えつけたい」と、ロティーナはプランを語った。
ボールとの関係性における適切な身体の向き、パスを引き出す角度のつくり方、ボールを置く場所、視線を向けるポイント、指導は精緻な部分にわたり、選手たちは口々に「こんなに規律の細かい監督は初めてだ」と面食らった様子で話した。
低迷していたチームが勝つことで手にした自信
「私がしたいのは、ボールを大事にして、ゲームを支配するサッカーです。相手にボールを持たれていても、ゲームを支配できる状況をつくる。ポジション・ポゼッション・プログレッション(前進)。この3つのPを重要視し、チームづくりを進めていきます」
ロティーナは方向性を定め、まずは守備面からチームの輪郭を整えていく。
持ち込まれた哲学や文化は、東京Vの対岸にあったものである。融合に至るまでの摩擦は避けられず、結果が出るまで時間を要するだろうと思われた。しかし、その目算はものの見事に外れた。
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Profile
海江田 哲朗
1972年、福岡県生まれ。大学卒業後、フリーライターとして活動し、東京ヴェルディを中心に日本サッカーを追っている。著書に、東京Vの育成組織を描いたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。2016年初春、東京V周辺のウェブマガジン『スタンド・バイ・グリーン』を開設した。