【イタリア代表現役アナリスト分析】4+4か4+2か?中央圧縮の功罪?「今まで見てきた中で最もうまく守っている」鹿島の弱点を探す

レナート・バルディのJクラブ徹底解析#6
鹿島アントラーズ(後編)
『モダンサッカーの教科書』シリーズの共著者としてfootballistaの読者にはおなじみのレナート・バルディ。ボローニャ、ミランなどセリエAクラブの分析担当を歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)ではアナリスト講座の講師を任されている。現在はイタリア代表のマッチアナリストとしてスパレッティ監督を支える「分析のプロ」の目で、Jリーグ注目クラブの戦術フレームワークを徹底的に解析してもらおう。
第5&6回は、鬼木達監督就任1年目からチームの形を確立し、19節終了時点でJリーグ首位を走る鹿島アントラーズ。「全体として秩序があり、様々な戦い方ができるだけでなく、試合の中でいつ何をすればいいか知っているという点で、完成度が高く成熟したチーム」(バルディ)。後編では、ネガティブトランジションからブロックを作っての組織的守備まで「非保持局面」全体を分析した(取材日は5月28日。本文中の数字は取材時点)。
攻→守の「穴」は鈴木&安西の左サイド
――後編ではボール非保持局面を見ていきましょう。ネガティブトラジションは、ゲーゲンプレッシング/カウンタープレスでの即時奪回が第一の選択肢でしょうか。
「はい。基本的には相手の攻撃の芽を素早く摘もうという姿勢を持ったチームです。ボールロスト直後の切り替えは全体として素早く、最終ラインもいったん押し上げた後は予防的マーキングをしっかり行っているので、カウンターアタックを許す場面は多くありません。そのほとんどはこぼれ球などのルーズボールを競り負けたところから始まっています。ネガティブトランジションで唯一『穴』があるとすれば、左サイドの鈴木のところでしょうか。攻→守の切り替えが素早いとは言えず、また前線を自由に動き回る分、ポジションに戻るのに時間がかかることがあります」
――ボール周辺で密度を生み出すという点では、カウンタープレスに貢献しているのでは?
「ええ。ただ彼はリアクションが速いとは言えず、積極的にプレッシャーをかける動きには遅れがちです。頭数としては0.5人分しか計算が立たないという印象です。それでもチーム全体として見れば、常に配置をコンパクトに保ち、ボールサイドの密度を高めているので、カウンタープレスは十分機能していると言っていいでしょう。ボール保持時には重心を高く保って前線に人数をかける姿勢を持っている以上、多少のリスクは計算に入っています。CBは予防的なポジショニングを取っているので、早いタイミングでFWに入ってきたボールに対して、積極的に前に出てインターセプトを狙うことができます。
ネガティブトランジション時の守備に関しては、セントラルMF(CMF)もSBもバランス重視で振る舞っている右サイドの方が安定しています。左サイドはSBの安西が高い位置まで進出し、ウイングの鈴木が中に入っていくことが多く、さらにCMFもダイナミックなタイプのレジスタで、スペース管理を重視したポジショニングを取っているとは限らないので、SBの背後にスペースを空けやすい構造になっています。早いタイミングでそのスペースを使われるというのが、カウンターアタックを最も許しやすい形と言えるでしょう。とはいえ、全体としてはボールサイドの密度を活かして、ボールにしっかりプレッシャーがかかるようになっているので、被カウンターのリスクマネジメントはできていると言えます」
――カウンタープレスで即時奪回できない場合には、段階的にリトリートしつつブロック守備に移行していくわけですが、そのフェーズでも左サイドがやや手薄になってくるのでしょうか。
「はい。まずはミドルサードでブロックを整える段階があるわけですが、そこで計算が立つのは4+2、つまり4バックと2CMFという6人のユニットです。最終的には中盤ラインに左右のウイングが戻って4+4になりますが、ウイングの守備参加は常に計算が立つわけではありません。チャヴリッチの方がやや守備への貢献度が高く、鈴木は戻り遅れることも少なくない。横浜F・マリノス戦の3失点はいずれもウイングがブロックに入っていない4+2ユニットで守ることになり、最後はフリーでのシュートを許した結果でした。
特に2点目は、相手のビルドアップに対してミドルブロックで対応する状況でも、鈴木が中盤ラインに戻らないまま、右の大外で浮いていたヤン・マテウスを放置した結果、ゴール前中央で安西が数的不利に陥ってフリーでシュートを打たせている。3点目は、ビルドアップ中に中盤でボールを奪われた直後のネガティブトランジションで安西の戻りが遅く、中央からその背後に流れたヤン・マテウスに受けられ、そのままミドルシュートを打たれています。
どの失点も、リトリートからブロックを形成する段階で左サイドのピースが戻り遅れたことが原因です。鈴木はそもそもそこにいないことが多く、安西も攻撃的な振る舞いやそれがもたらす消耗によって、迅速に帰陣できないことがしばしばある。しかしこれは、ゲームモデル全体の収支から考えれば『計算されたリスク』と考えるべき弱点だと思います。4+2から4+4、最終的には[4-4-2]ブロックが形成されていく中で、相手の攻撃に対して特に左サイドが後手に回る傾向があるわけですが、それはボール保持時における左サイドの攻撃力とトレードオフの関係にある。その収支がプラスになっていれば、左から崩されての失点は許容範囲だと考えることができるので」
――非保持局面の基本的な振る舞い、相手のビルドアップへの対処は、プレッシング寄りと言っていいのでしょうか。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。