【イタリア代表現役アナリスト分析】「Jクラブでは珍しいデターミネーションがある」鹿島アントラーズ。人の魂が宿るポジショナルな構造とは?

レナート・バルディのJクラブ徹底解析#5
鹿島アントラーズ(前編)
『モダンサッカーの教科書』シリーズの共著者としてfootballistaの読者にはおなじみのレナート・バルディ。ボローニャ、ミランなどセリエAクラブの分析担当を歴任し、FIGC(イタリアサッカー連盟)ではアナリスト講座の講師を任されている。現在はイタリア代表のマッチアナリストとしてスパレッティ監督を支える「分析のプロ」の目で、Jリーグ注目クラブの戦術フレームワークを徹底的に解析してもらおう。
第5&6回は、鬼木達監督就任1年目からチームの形を確立し、19節終了時点でJリーグ首位を走る鹿島アントラーズ。「全体として秩序があり、様々な戦い方ができるだけでなく、試合の中でいつ何をすればいいか知っているという点で、完成度が高く成熟したチーム」(バルディ)。前編ではビルドアップからファイナルサード攻略までの「攻撃面」について分析した(取材日は5月28日。本文中の数字は取材時点)。
鈴木優磨のプレースタイルは「ナポリ人のよう」
――Jリーグ注目チームの戦術を、ヨーロッパ基準のニュートラルな視点から分析していこうというシリーズの第3回は、試合を重ねるごとに2位以下との勝ち点差を広げつつある首位の鹿島アントラーズです。Jリーグ創設時からの名門クラブの1つですが、2016年以来優勝から遠ざかっており、2019年にオーナーが住友金属からメルカリに替わって以降は、新たなアイデンティティの模索が続いている印象があります。
今シーズンは川崎フロンターレを退任したクラブOBの鬼木監督を迎えて、第19節までで13勝1分5敗、2位の京都と柏に6ポイント差をつけて首位を走っています。今回も、直近の3試合(第16~18節)を分析して、チームとしての戦術的枠組み、それを支えるゲームモデルとプレー原則を、保持、非保持のフェーズごとに見ていきましょう。
「シーズンがちょうど半分を終えた時点で首位を走っていますが、最初に目を引くのは引き分けが非常に少ない点です。これはオープンな姿勢で試合を戦うチームであることを意味しています。もう1つ言えるのは、鹿島は戦い方の幅が広いチームだということです。ポゼッションで主導権を握ることもできるし、よりダイレクトで縦に速いプレーもできる。ハイプレスもできれば、ローブロックで守ることもできる。相手と状況に応じて戦い方を変えられる、非常にダイナミックなチームだと思います。攻守のバランスもよく取れている。
チームとしては高い秩序を持っているのですが、その中に意外性、予測不可能性をもたらす選手もいて、攻撃に重要なアクセントをつけています。その代表が前線の鈴木優磨です。外見は日本人ですが、ピッチ上の振る舞いやプレースタイルはナポリ人のようです。彼はチームの戦術的秩序に収まらない存在ですが、少なくともボール保持局面においては、それが明確なアドバンテージをもたらしている。全体として秩序があり、様々な戦い方ができるだけでなく、試合の中でいつ何をすればいいか知っているという点で、完成度が高く成熟したチームだと言えるでしょう。首位に立っている理由もそこにあると思います。
19節マリノス戦では、序盤に立て続けに3失点を喫して、その後相手の守りを崩すことができずに完敗を喫しています。ただそれ以前の2試合は、試合のリズムをコントロールして主導権を握ることができるチームだという印象を受けました」
――鹿島は開幕から現在までの間に、少なからずメンバーが入れ替わっていますね。故障離脱もあれば、チーム内序列の入れ替わりもあったように見えます。直近3試合の基本フォーメーションを見ておきましょう。
「GKの早川は、ビルドアップへの貢献度が高いタイプです。ただゴールキーピングに関しては、ここまで見てきた柏の小島、浦和の西川と同様、我々の目から見ると不安定なところがあります。失点のシーンは『Wyscout』で開幕から全部チェックしましたが、ポジショニングやハイボールへの飛び出しの判断で何度かミスがありました。足下のプレーにはパーソナリティを感じさせますし、明確なアイディアを持っていることもわかります。
CBペアは、私が分析した試合では植田とキム・テヒョンでしたが、シーズンの出場時間を見ると植田と関川のペアが本来のレギュラーのようですね。植田は経験とパーソナリティの両面で、DFラインのリーダーだと思います。安定したテクニックでビルドアップを担うのはもちろん、2ライン間をコンパクトに保つラインコントロールにも優れています。植田もキムも対人の集中力が高く、ゴールから遠い位置でもしっかり予防的マーキングを行っていますし、インターセプトも上手い。ただ、押し上げたライン背後のスペース管理にはやや難があり、ラインの後退が少し遅れたり、SBとCBの間隔を開け過ぎてギャップを衝かれる場面がありました」
――SBは、分析してもらった3試合はいずれも右が小池、左が安西でした。ただ、少し前までは小池が1列上の右ウイングに入り、SBは濃野が務めていた時期もあったようです。
「左の安西は積極的に敵陣まで進出して攻撃の幅を取る役割を担っています。これは左ウイングの鈴木が自由に中に入り込んで動くことと関連しています。鈴木が空けたスペースを埋めて幅を確保しているわけです。鈴木はアナーキーなプレースタイルを持っていますが、すでに少し触れたように、こうした戦術的文脈においては、それは必ずしもネガティブなことではないと思います。むしろ相手を混乱させ、ゲームモデルの中で局地的な数的優位や関係的優位を作り出す存在です。右の小池は、ウイングのチャヴリッチが大外レーンに開いてプレーする傾向が強いこともあり、あまり積極的に敵陣に進出せず、後方でバランサーとして機能することが多くなっています」
――中盤センターは船橋が固定で、そのパートナーには三竿か知念が入っていました。船橋のところは、ベテランで代表経験も豊富な柴崎もいるのですが、直近は序列が入れ替わる形で船橋がスタメンで出る試合が増えています。
「中盤の顔ぶれは試合によってかなり入れ替わっているようですね。対戦相手に応じたゲームプランや選手のコンディションに応じて入れ替えていると推測できます。船橋はレジスタ的なMFですがスタティック(静的)なタイプではなく、よく動いてボールに絡んで行くタイプです。敵FWの背後で最終ラインからのパスを引き出すだけでなく、最終ラインに下りてビルドアップの起点となることもあります。2CB間に下りることも、攻め上がった安西の背後をカバーする形で2CB脇に下りることもあります。
そのパートナーを務める三竿と知念は、前者が最終ラインの前でバランスを取るスタティックな守備的MF、後者はよりダイナミックですが、やはり攻撃参加よりは攻守のバランサーとして機能する役割の方が強いです。セントラルMFに限った話ではありませんが、このチームはゲームモデルの中で個々の役割がかなり明確に定められているように見えます。セントラルMFも、左はよりレジスタ的な資質が強く、ゲームメイクとビルドアップに積極的に関わるタイプ、右は守備に軸足を置いたバランサーという分担でしょうか。もちろんプレーが展開する中ではポジションや機能が入れ替わることもありますが」
鬼木監督1年目にして「構造が確立されている」
――鹿島アントラーズの戦術的な印象はいかがでしょうか?
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。