伊沢拓司のスパーズ総括。大いなる未来へ…歴史的勝者であり歴史的敗者、ポステコグルーの今季をどう評価すべきか

the SPURs for the Spurt 〜N17から眺めるプレミアリーグ〜 #7
熾烈な上位争い、世界中から集まる有望株、終わることのないマネーゲーム……欧州サッカーの中心となったプレミアリーグが、なぜここまでの地位を手に入れたのか、そして今後どうなっていくのか。“クイズ王”としておなじみの伊沢拓司が、敏腕経営者ダニエル・レヴィ率いるトッテナム・ホットスパーを通して、その活況の要因と未来の展望を綴っていく好評連載。
第7回は、UEFAヨーロッパリーグ優勝という形で見事タイトルを獲得「してしまった」、スパーズの現在地と未来図について。
優勝って、すげえ……。
スパーズを明確に応援するようになって10年、当然ながら初めての優勝だった。メジャータイトルだけでも17年ぶり、ヨーロッパのカップ戦では41年ぶりの戴冠。待ち焦がれたEL王者の肩書きは、いざ手にすると想像より遥かに大きいものだった。
連夜の祝勝会で喜びを反芻する選手たち、優勝で可視化されたファンベースの大きさ、そして自信。プレミアリーグ最終節のブライトン戦、前半をプレーする選手たちの前がかりな姿勢は、確かにヨーロッパ王者としての自信に裏打ちされたものだったように思う(体力が切れた後半の大崩れは見てられなかったが)。スパーズという世界規模のクラブにとって、世界規模にもかかわらず欠けていた大事なピースが埋まったことは、一つのトロフィー以上の凄まじい価値がある。未来は、明るいだろう。
しかし、シーズン単位で振り返ったときには、そう調子のいいことばかりは言っていられない。今季リーグ戦は22敗(11勝5分)して17位。プレミアリーグにおけるスパーズの歴代最低成績である。アンジェ・ポステコグルーが「ELのために割り切った」とターンオーバーした試合もあるが、それにしても負けすぎだ。
喜びと苦しみ、極端すぎる今季の成績は、スパーズを取り巻くすべての人々を議論へと巻き込んでいる。本来は期待にあふれるはずの「大いなる未来」は、いまだ実像が不明瞭だ。ポステコグルーは残るのか、どんな選手が来季いるのか、どこを目指して戦うべきなのか。たった数カ月後のチーム状況を、明瞭に思い描けているファンは誰一人いない。
最終戦後の会見、ポステコグルーは「早く帰って家族と優勝の喜びを分かち合いたい」と述べた。そりゃそうだ。個人の単位では喜びに浴し、大いに羽を休めてほしい。だが、クラブはどんな個人よりも大きく、ゆえに止まることを許されない。事実、最終戦翌日にはすぐさま「クラブ上層部とポステコグルーが話し合いの場を持った」という報道が出た。かわいそうだとも思うが、経営陣に対して安心したのもまた事実だ(この報道自体が事実かはわからないが)。このスピード感は大事である。まずは監督をどうするか早く決めないといけない。プレミア他クラブは監督交代がなさそうなのも、急ぎたい理由の一つだ。
シーズン終了直後の今、正直予想できることは少ない。
だからこそ、まず必要なのは現在地の確認である。物語が面白くなるのはここからだ。来季の開始時にスパーズを楽しく眺めるために、「前回までのあらすじ」として本稿を残しておこうと思う。今回はあまりプレミアリーグ全体の話はできないが、来季のプレミアを楽しむために、スパーズというクラブのこれまでをまとめ、来季に関するラフな予想を残しておきたい。
①監督人事について
現状の監督人事は、とてもややこしい。なんともスパーズらしいと言うか、過去のフットボール史においてもあまり見たことのない、悩ましい状況なのである。
ポステコグルーは紛れもなく「スパーズに悲願の優勝をもたらした名将」だ。しかもそれは過去のことではなく、現時点での最新情報だ。優勝の後、何かにチャレンジして失敗したりはしていない。
しかし同時に「スパーズにここ30年で最低のリーグ戦成績をもたらした監督」でもある。シーズン後半のどうしようもない戦いが記憶に新しいが、別に前半戦もそこまでよかったわけではない。勝つ試合は大勝ちしてきたが、引いた相手を崩せず負ける試合もたくさんあった。怪我人が多かったことも影響しているし、その点メディカルチームについては長年疑問が投げかけられてきた。成績を監督だけの責任にはできないだろう。
だが、戦術的な引き出しが多いタイプの指揮官ではなく、交代の一貫性もなく、勝ちパターンを築くこともできなかった。代名詞であるサイドからのグラウンダークロスは対策され、ジェド・スペンスなど「ポステコグルー指揮下らしくない動きをする選手」の躍進がむしろ目立った。肝心のELも、「己の哲学を曲げてまで」勝利にこだわった結果である。本来は柔軟な変化を得意としない監督なわけで、それが一層タイトルの再現性に疑問を投げかけることとなっているのだ。プレミアリーグで、アンジェが相手ごとにスタイルを変えるなど想像できない。
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Profile
伊沢 拓司
私立開成中学校・高等学校、東京大学経済学部卒業。中学時代より開成学園クイズ研究部に所属し開成高校時代には、全国高等学校クイズ選手権史上初の個人2連覇を達成。2016年に、「楽しいから始まる学び」をコンセプトに立ち上げたWebメディア『QuizKnock』で編集長を務め、登録者数200万人を超える同YouTubeチャンネルの企画・出演を行う。2019年には株式会社QuizKnockを設立しCEOに就任。クイズプレーヤーとしてテレビ出演や講演会など多方面で活動中。ワタナベエンターテインメント所属。