セスク・ファブレガス、名将への歩み。コモでの「お伽話」の結実が見たい

CALCIOおもてうら#43
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、明確な哲学と戦術でコモを躍進させているセスク・ファブレガスをフォーカス。38歳のスペイン人は、イタリアの地で名将への確かな歩みを進めている。
残り2試合となった現時点で、首位ナポリと2位インテルがわずか1ポイント差で優勝を争い、最後のCL出場権をめぐる4位争いもユベントス、ラツィオ、ローマ、ボローニャ、ミラン、フィオレンティーナの6チームが5ポイント差でしのぎを削るという、5大リーグで最も熾烈な展開になっているセリエA。
シーズンも大詰めを迎えたこの時点でここまで不確定要素の多い展開になることも珍しいが、ごく一部のメガクラブが独占的な地位を享受することを許さない群雄割拠の状況(Jリーグほどではないにしても)が続いているのは、セリエAの繁栄と発展を考えれば喜ばしいことだ。
リーグ全体の勢力地図を見ると、上に名前が出た8チームにアタランタを加えた9チームが、勝ち点60を超えて欧州カップ戦出場権を常時狙えるだけのポテンシャルを持ったトップクラスまたはアッパーミドルクラスのメジャークラブ、それ以下はセリエA残留と中位定着までで精一杯のマイナークラブというのが、大まかな構成となっている。
その中で、つい2カ月前までは降格ゾーンから抜け出すのがやっとだったにもかかわらず、ここに来て6連勝で一気にトップ10入りを果たして大きな注目を集めているのが、セスク・ファブレガス率いる昇格組のコモだ。
セスクが貫いてきた「ボールと地域の支配」
インドネシアの巨大財閥ジャルムグループをオーナーに持ち、5年間でセリエD(4部リーグ)からセリエAまで急浮上、ピッチ外でも本拠地コモを国際的なサッカーツーリズムの聖地にという壮大な未来を描くコモのプロジェクトについては、以前も当コラムで取り上げた。
そこでファブレガスが語っていた「セリエA定着はもちろん、できれば4、5年の間にセリエAのトップと肩を並べるところまで成長したい」というピッチ上の「野望」は、その第一歩である今シーズン、すでにはっきりとした形を取りつつある。
それが表れているのは、ピッチ上の「結果」だけではなく、それ以上に「パフォーマンス」である。結果レベルだけで見れば、今シーズンのコモの足取りは決して順調なものではなかった。前半戦は4勝6分9敗(勝ち点18)で、降格ゾーンからわずか1ポイント差の16位。その後もなかなか残留争いの渦中から抜け出すことができず、ようやく安全圏に浮上したのは3月に入ってからのことだった。
しかし、データに表れるパフォーマンスに関しては、下位に低迷していた時点からすでに他とは明確に一線を画すレベルにあった。ボール支配率やフィールドティルト(アタッキングサード限定の支配率)は、インテル、ボローニャ、ユベントス、アタランタには及ばないものの、ラツィオ、ローマと肩を並べてリーグトップ5を争う水準。決定機創出数やシュート数もリーグで6~7位と、欧州カップ戦出場権を争うアッパーミドルクラスと比較して全く遜色がなかった。
さらに際立っていたのは守備のデータである。
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Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。