セスクと豪華補強だけじゃない。コモが挑む壮大なブランド戦略――サッカークラブが地元の街=高級リゾート地を世界に発信
CALCIOおもてうら#23
イタリア在住30年、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えるジャーナリスト・片野道郎が、ホットなニュースを題材に複雑怪奇なカルチョの背景を読み解く。
今回は、今季からセリエAに昇格してきたセスク・ファブレガス率いるコモのユニークなブランド戦略について取り上げる。サッカークラブの価値を再定義するような挑戦的なコンセプトは、アディダスやUberなどの国際ブランドも注目している。「4、5年の間にセリエAのトップと肩を並べるところまで成長したい」というセスクの言葉は、決して根拠がないものではない。
セリエA新シーズンに臨む昇格組の中で最も大きな注目を集めているのは、インドネシア3大財閥の1つジャルムグループを率いる億万長者ハルトノ家をオーナーに持ち、37歳のリーグ最年少監督セスク・ファブレガスが率いるコモだろう。
そのセスクが昇格直後に「セリエA定着はもちろん、できれば4、5年の間にセリエAのトップと肩を並べるところまで成長したい」と語った通り、この夏の移籍市場でも積極的な投資によって、リーグ下位というよりは中位に近い戦力を調えつつある。
バランを筆頭にビッグクラブ並みの大型補強
大きな話題を呼んだのは、元フランス代表CBラファエル・バラン(マンチェスター・ユナイテッド)、元スペイン代表SBアルベルト・モレノ、元スペイン代表GKペペ・レイナ(ともにビジャレアル)、という大物3人を、契約満了によるフリー移籍で獲得したこと。
だが戦力強化への取り組みはそれだけに留まらない。昨冬レッチェからレンタルで獲得してA昇格に大きく貢献したガブリエル・ストレフェッツァの買い取り、元イタリア代表CFアンドレア・ベロッティ(ローマ)、昨季カリアリで台頭した大型CBアンドレア・ドッセーナ、ドイツ2部のデュッセルドルフで田中碧と中盤ペアを組んでいたヤニック・エンゲルハルトといった新戦力の獲得に、8月1日時点でリーグ8位にあたる3550万ユーロという金額を投じてもいる。
これはミラン、ラツィオ、フィオレンティーナあたりと同水準の数字だが、選手売却益を差し引いた移籍収支はマイナス3180万ユーロと、インテル、ローマ、ナポリに続いて4番目に大きい赤字になっている。コモ自体は、22年ぶりにセリエA昇格を果たしたプロビンチャーレ(地方都市の中小クラブ)に過ぎないが、オーナーの資金力はビッグクラブ並みかそれ以上の水準にある。1年目の今シーズンはセリエA定着だけでなくその先のさらなる成長に向けた土台を固めるための、積極的な先行投資のタイミングと位置づけられているのだろう。
セリエA昇格直後に当コラム『セリエA昇格のセスク率いるコモが秘める巨大な可能性「4、5年でセリエAトップと肩を並べたい』で取り上げたように、昨シーズン途中にプリマベーラ監督から内部昇格してチームをセリエB2位に導いたセスクは、ポゼッション&ハイプレスを基本に据えたポジショナルな攻撃サッカーが身上。最近『as』に掲載されたインタビューでは「監督としての哲学についてはベンゲルとグアルディオラに大きな影響を受けた。しかし今の私の基準点はシャビ・アロンソ。信じられない仕事をしている」と語っており、結果レベルではもちろん、内容という点でもセリエAにどんな新風を吹き込むかが注目される。
高級リゾート地「コモ」の価値を最大化する
オーナーの資金力による豪華補強が目立つコモだが、従来のパトロン型のクラブ運営とは大きく異なる。彼らが興味深い存在として注目を集めている理由は、これらピッチ上のプロジェクトだけでなく、むしろピッチ外、オーナーのハルトノ家がコモというクラブ(以下、都市コモと区別するため「コモ1907」と表記する)を単なるサッカークラブとしてではなく、イタリア有数の観光リゾート地として知られるコモの地域社会、地域経済と結びついたビジネスカンパニーと位置づけ、コモという都市のブランドを世界に発信し、そこにビジネスを生み出すべく多角的な展開を進めている点にある。……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。