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新たな動作バリエーションを生む制約とは?サッカーが他の球技から得るもの【エコロジカル・アプローチ視点の個の育成③】

2024.05.18

トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編 #6

2023年3月の『エコロジカル・アプローチ』出版から約1年、著者の植田文也氏は同年に盟友である古賀康彦氏の下で再スタートを切った岡山県の街クラブ、FCガレオ玉島でエコロジカル・アプローチの実践を続けている。理論から実践へ――。日本サッカー界にこの考え方をさらに広めていくために、同クラブの制約デザイナーコーチである植田氏と、トレーニングメニューを考案しグラウンド上でそれを実践する古賀氏とのリアルタイムでの試行錯誤を共有したい。

第6回は、EDA(エコロジカル・ダイナミクス・アプローチ)視点で考える個の育成の完結編。前回に引き続き「③バリアビリティを高める」、「④収束的なアプローチをする」という、タスク分解しても試合にスキルをより転移させるためのポイントを解説しよう。

→#4 『どっちがどっち?』は『Which is which?』。個の育成の鍵はアトラクターにあり!【エコロジカル・アプローチ視点の個の育成①】 はこちら

→#5 本質はトレーニングの「個別化」であって「分解」ではない【エコロジカル・アプローチ視点の個の育成②】 はこちら

“うまへた”な日本人に欲しい、同じ結果を繰り返すために違う動きをする適応力

古賀「個別化されたトレーニングを行うポイントの続きだけど、『③バリアビリティを高める』とは?」

植田「かなり巨大なトピックだからタスク分解とバリアビリティは今後より詳しく触れたいけど、要は厳密な反復をするのではなく、動作にバリエーションを加えて繰り返す、ちょっと違う動きを繰り返させるというイメージだね」

古賀「『繰り返しのない繰り返し』というやつね。我われが繰り返したいのは結果であって、動作ではないと。同じ結果を繰り返す(ゴールの左下隅にゴールを決める)ために違う動きをする(シュート位置、自分の体勢、センタリングの軌道やスピードに応じて動作を変化させる)という適応力が本当に欲しい能力だよね」

植田「さっきのテニスの実験(#5参照)だけど、打ち方が7種類ある選手は3種類の選手よりソリューションが多い。そっちの方があらゆる状況で意図したショットを打てると思わない?」

古賀「そうだね。よく行われている反復練習はむしろバリエーションを下げるからね」

植田「指振り運動(#4参照)でいうと、TA(伝統的アプローチ)は1つか2つのとても深いが狭いアトラクターがある状態。とても正確にできる狭い領域ととても不正確な広い領域って感じで、できることとできないことにムラがあるような状態」

古賀「バリエーションを含めて繰り返すEDAは、深さはTAほどないがある程度正確にできる領域が幅広くある感じ?」

植田「そう。仮に指振り運動のある角度の相対位相のみが繰り返し求められる競技なら、そこだけに谷を掘ればいいし、バリアビリティはそれほど重要ではない。だけど、ランダムに異なる角度を求められる競技があったら、井戸の面積が一緒でも複数の広いアトラクターを持っていた方がいろんな角度に対応できる」

古賀「サッカーは明らかに後者の競技だよね」

植田「そう。同じことの繰り返しは練習としての見た目はいいけど、現実にはアトラクターとアトラクターの間にドヘタな領域ができる。ある分解ドリルはとても上手い、けどそれ以外はできないから試合っぽいランダムな環境が与えられるとパフォーマンスが顕著に落ちる」

古賀「サッカーコーチの村松尚登さんが書籍¹で紹介していたような、うまへた現象に至ってしまうね」

1.村松尚登. (2009). テクニックはあるが、「サッカー」が下手な日本人:日本はどうして世界で勝てないのか?. ランダムハウス講談社.
当書籍では、分解ドリルはとても上手いが試合形式になると活躍できない日本人選手の傾向を指摘しており、ゲームの全体性を維持したトレーニングを中心に据えることを改善策として提示している

植田「活躍している選手は逆を感じることも多くない? リフティング、 2人1組のボレー、ボールマスタリーは下手だけど、試合では活躍する選手。南米の選手も分解タスクは普通、というか関心を示さない人も多いけど、ストリートサッカーをはじめとするSSG(スモールサイドゲーム)で育ってきているから試合になったら目覚ましい活躍をするみたいな」

古賀「そうした試合への転移まで考えると反復ドリルにバリエーションを加えることが重要だと?」

植田「そう。インサイドキック一つとっても、いろんな足、膝、股関節角度の組み合わせが可能で、いろんな姿勢で蹴れて、いろんなミートポイントを使い分けて、ということができればダイナミックな試合環境でも対応できる可能性が高まる」

古賀「単純なスクエアパスの中で、タッチする場所を指定してパス&コントロールをさせるなどの工夫はしているよ。時に無茶な蹴り方(時計回りの際に、左足アウトサイドでコントロールして、右足インサイドでパスするなど)を要求して乱れを作るよう意識している。また前回の視覚の制約(#1#2#3参照)の話からヒントを得て、利き目を片手で隠したままスクエアパスを行ったりもしたね。DL※に近いと思うけど、タスク分解よりずっと効果があると感じた」

※DL:Differential Learning(ディファレンシャル・ラーニング)はEDAと同様に自己組織化を基本原理としたスキル習得アプローチであるが、より反復を固く禁じ、より動作のバリエーションにこだわるという特徴がある。動作のバリエーションの引き出し方として、腕組み、片目を閉じるなどの身体的な制約をつけることで乱れを与え、新しい動作パターンの探索・発見を促すような方法が一例としてある

……

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Profile

植田 文也/古賀 康彦

【植田文也】1985年生まれ。札幌市出身。サッカーコーチ/ガレオ玉島アドバイザー/パーソナルトレーナー。証券会社勤務時代にインストラクターにツメられ過ぎてコーチングに興味を持つ。ポルトガル留学中にエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、ディファレンシャル・ラーニングなどのスキル習得理論に出会い、帰国後は日本に広めるための活動を展開中。footballistaにて『トレーニングメニューで学ぶエコロジカル・アプローチ実践編』を連載中。著書に『エコロジカル・アプローチ』(ソル・メディア)がある。スポーツ科学博士(早稲田大学)。【古賀康彦】1986年、兵庫県西宮市生まれ。先天性心疾患のためプレーヤーができず、16歳で指導者の道へ。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科でコーチングの研究を行う。都立高校での指導やバルセロナ、シドニーへの指導者留学を経て、FC今治に入団。その後、東京ヴェルディ、ヴィッセル神戸、鹿児島ユナイテッドなど複数のJリーグクラブでアカデミーコーチやIDP担当を務め、現在は倉敷市玉島にあるFCガレオ玉島で「エコロジカル・アプローチ」を主軸に指導している。@koga_yasuhiko(古賀康彦)、@Galeo_Tamashima(FCガレオ玉島)。

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